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飯田線で伊那谷から紅葉天竜峡へ

旅行日:平成22年11月7・8日
執筆:平成30年8月

 私の通っていた大学は地理系であったので、学外での巡検の授業もあった。大部分は任意の選択授業であったが、夏・冬休み以外で遠くに行かれる貴重な機会であり、期間中の授業は公欠扱いになるので、私は好んで選択していた。

 3年生だったこの年の11月には静岡県の浜名湖周辺に行くことになった。
 11月8日の月曜日に東海道線の新所原駅集合ということであったので、前日は紅葉を見がてら未乗の飯田線に乗ることにした。乗車券は「海老名→横浜市内」を「相模・横浜線・中央東・川岸・飯田線・東海道」経由で用意、学割で7,640円であった。横浜から新所原往復は学割で6,900円なので、大差はないという計算だったようだ。

※このテの古い旅行記は「あたかもその時に書いたかのような文章」で執筆してきましたが、さすがに8年も経つと記憶が曖昧な部分も多くなってきました。なので、今回からは回想で書いていきます。


 11月7日日曜日、八王子7:29発の特急「スーパーあずさ1号」で出発。八ケ岳あたりの紅葉がきれいだったようで、定番の新立場川橋梁で1枚写しています。

旧線の立場川橋梁と八ケ岳
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 9:14着の上諏訪で下車し、5分の接続で飯田線直通の豊橋ゆきに乗り換え。この列車は上諏訪から豊橋までを6時間35分もかけて走ります。列車は導入されたばかりの新型車輛でした。

上諏訪から豊橋まで走る長距離列車
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 岡谷までは中央線、辰野までは中央線の旧線を走り、ここから飯田線に入ります。
 よく言われるように、もともと地方の電気鉄道だった飯田線は駅がこまめに設けられており、ちょこちょこ停車します。辰野の次の宮木まで1.1キロ、次の伊那新町まで1.2キロ、その次の羽場まで1.8キロ…といった具合です。

 私は同じ列車に乗り通す気はなく、11時前に駒ケ根で下車。細かい時刻を書けないのは、当時使っていた小型時刻表の飯田線のページが抄録であるため、着時刻がはっきりしないためです。

駒ケ根では名物ソースかつ丼の昼食
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 早目の昼食を済ませ、駒ケ根12:08発の天竜峡ゆきに乗ります。今度は国鉄時代に造られた旧型電車にあたりました。
 駒ケ根より南は天竜川の河岸段丘が顕著になり、そこに流れ込む深い谷をいくつも渡ります。伊那谷では田切地形といいますが、こうした谷を渡る際には線路が大きくカーブして橋梁の高さと長さを抑えています。この線形は飯田線の特徴の一つです。
 この日は晴れていて、段丘上では中央アルプスの山々がよく見えていました。伊那谷は初めてだったので、この時は木曽駒ケ岳くらいしか名前を知りませんでした。

駒ケ根からの電車
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田切・飯島間?中央アルプスを望む
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飯島駅にて。後ろは陣馬形山
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七久保・高遠原間?
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 下伊那は市田柿の産地。家々では干し柿作りが行われていました。
 飯田を過ぎ、終着の天竜峡には13:53着。

車窓からも干し柿作りが見られた
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天竜峡駅で下車
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 この辺りが伊那谷の南端部で、天竜川は峡谷に入っていきます。その入り口にあたるのが天竜峡で、駅を拠点に手軽な散策ができます。
 次の列車まで1時間強の持ち時間があり、姑射橋と吊り橋のつつじ橋で峡谷を渡りつつ、一周の散策。

紅葉にはまだ少し早い林
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つつじ橋より上流方向
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逆光に赤・黄の葉が際立つ
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龍角峰と呼ばれる景勝地の展望台から
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上流方向に開け始める伊那谷と姑射橋
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 駅に戻り、15:08発の豊橋ゆきに乗車。天竜峡から大嵐にかけては飯田線のハイライトで、ひたすら天竜川の峡谷を走ります。水力発電用のダムがいくつも設けられているため、淀みと減水区間が交互に現れ、流れの激しさはありません。もっとも、この区間(三河川合~天竜峡)は電力会社が出資した三信鉄道による開通なので、天竜川の激しい流れとそれを車窓に眺めることはトレードオフの関係にあるともいえます。
 人家の少ない地でありながら駅の数は多く、列車は一つ一つ丹念に停まっていきます。小さな河内川を渡ると長野県は終わりで、静岡県浜松市に入ります。

為栗駅附近。天竜川の平岡ダムによる堆砂が著しい
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中井侍駅附近。こんな急斜面でも茶やミカンが栽培されている
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秘境駅として特に著名な小和田駅
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 大嵐から佐久間にかけては佐久間ダム建設にともなって昭和30年にルート変更が行われました。天竜川沿いの線路を放棄して東の水窪川の谷を借りるため、2つの長いトンネルをくぐります。
 佐久間の先では佐久間発電所からの放水路を渡り、眼下の水流に圧倒されました。

 東栄から愛知県に入るころには16時半を回り、秋の夕暮れ。

早瀬駅?
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 湯谷温泉附近の鳳来峡までは車窓が見えていた記憶がありますが、暗くなってきました。17:58着の豊川で下車し、一泊。

 翌朝は豊川稲荷に参詣してから飯田線で豊橋に出て、東海道線で新所原に向かいました。新所原駅まで写真がなく、メモも取っていないのですが、到着時刻から逆算すると、豊川9:30発→豊橋9:44着、9:49発→新所原9:59着と推定されます。本数の多い飯田線はもう少し前の列車かもしれません。

次の記事 浜名湖巡検
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