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【願掛け】みなみ信濃ドライブ(後) 高遠~分杭峠~大鹿村~しらびそ峠~飯田

旅行日:平成30年6月12日②

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 高遠まで来ると、分杭峠は近い。
 分杭峠は近年のパワースポットブームによって来訪者が増え、駐車禁止になってしまった。通過することはできるが、足を印すためにはシャトルバスを利用するしかない。そのバスは8時から15時まで30分から1時間おきとのこと。でーひらさんが仕事中に調べて、プリントアウトまでしてきてくれた。具体的な発車時刻までは分からないが、ジャストタイムには便があるだろうと推測し、14時前には麓の駐車場に着くように向かう。

 このままでは早く着くので、2つのダムに寄って行く。いずれも三峰川の本流にあって、一つが高遠城址の麓に位置する高遠ダム、もう一つが美和ダムだ。

夏のような陽射しの高遠ダム
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美和ダムの美和湖
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 さらには旧長谷村の高台にある三峰川総合開発工事事務所に立ち寄り、再開発のダムカード2枚も入手。
 南アルプスに発する三峰川は土砂の供給が多く、ダムへの堆砂も著しい。堆砂が著しくなるとダムの洪水調整機能が失われるため、ダム湖への土砂の流入を抑える再開発事業が進められている。美和湖の上流に堆砂ダムを築いて大粒の土砂を堰き止め、小粒の土砂はトンネルで美和ダムをバイパスさせて下流に流下させる仕組みになるそうだ。

堆砂ダム。水の流れ落ちているところの右方がバイパストンネル
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流れ落ちる水
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 13:45頃には駐車場に着いたのだが、次のバスは14:20発とのこと。「30分から1時間おき」の文言から「20分発」は導き出せなかった。
 私が「(待つの面倒くさいなぁ。でも、彼はここが目当てで来てるんだから言い出せないなぁ)」と思っていると、高ボッチ山でパワーを感じたから通過するだけでいいとのこと。パワー違いではないのか…。
 彼はお高いミネラルウォーターを購入。

分杭峠下のシャトルバス乗り場にある売店
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 急に狭くなった国道を慎重に進む。ニホンザルの群れが道を横切る。
 九十九折りで中沢峠まで登ると、駒ケ根からの主要地方道を合わせる。あとは尾根の東側を辿って分杭峠に到る。一応狭い駐車場はあるようだが、それを上回る訪問者が来るようになったのだろう。

分杭峠附近の狭路
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(でーひらさん撮影)

 標高1,420メートルの峠を越えると大鹿村だ。鹿塩川に沿った下りに変わる。地図で見ると見事に直線的な中央構造線の谷であるが、それは大局的な話であって、川は山襞を迂回して流れ、道もカーブが続く。
 対岸にガレ場を見つけてクルマを停めた。写真を撮った時には分からなかったが、シカがいた。カメラを下ろしたあとでこちらを見つめているシカの存在に気付いたのだった。

鹿塩川のガレ場を横断するシカ
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 大鹿村は河原村と鹿塩村が合併したことにちなんだ村名だ。北に位置する鹿塩には塩泉があり、山塩で知られる。鹿塩鉱泉は塩分濃度が海水並みに高いそうで、ぜひとも入浴してみたいところだが、温泉宿なので日帰り入浴は14時まで。再訪を期したい。

急峻な山間に位置する鹿塩の塩河集落
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 鹿塩と大河原の間に位置する落合という集落(大字は大河原)に村役場がある。小渋川に鹿塩川が合流する地点で、小渋川は伊那山地を小渋峡でぶち破って伊那谷へと流れ下る。峠越えなしで大鹿村に出入りできる唯一のルートだ。
 私たちは小渋川の上流方向へとそのまま国道152号を進む。

 下市場に差し掛かると平地が開け、道が一直線に延びる。これまでの山越えに次ぐ山越えからすると別天地のようだ。しかし、右手の山の崩れ方はすさまじい。
 この大西山は昭和36年(1961)の梅雨の豪雨によって大規模な山体崩壊を起こした。この時の豪雨がもたらした災禍は「三六災害」と称され、伊那地方各地で河川氾濫や土砂崩れが発生して多数の死者を出した。
 大鹿村では被災住民の転居による過疎化や、農業から建設業へと産業構造の変化をもたらしたそうだ。

大西山の大崩落
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 国道は小渋川を新小渋橋で渡る。新しい橋梁で、眺めも良かった。
 上流に架かるのは三連アーチ橋の小渋橋。昭和32年(1957)と戦後の架橋ではあるが、登録有形文化財に指定されている。雲がかかった雪渓のある高嶺は南アルプスの赤石岳らしい。

新小渋橋からの眺望
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 橋の袂の上市場集落には大磧神社が鎮座する。「磧」という字は「かわら」と読むので、大字と同音の神社という訳だ。
 神社は建御名方命を祀り、平安時代のものといわれる4体の神像を有する。山奥でありながら、この村の開発の古さを窺わせる。
 また、境内には舞台が設けられている。江戸時代、農民が歌舞伎を演じることは幕府によって禁じられていたが、明和4年(1767)には既に村芝居が行われていたことが判っている。境内の舞台は文政年間(1818~31)に造られたもので、神社への奉納として村民たちによる素人歌舞伎が行われるそうだ。

急な石畳の参道
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舞台のある大磧神社
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 小渋川に代わって支流の青木川が中央構造線の谷を南へ向かう。道はまた狭くなり、標高1,314メートルの地蔵峠まで登る。
 地蔵峠から南は国道の車道が開通しておらず、峠から約1.3キロの区間が地形図上で破線で記されるいわゆる「点線国道」となっている。自動車交通が杜絶している訳ではなく、迂回路として蛇洞林道があり、走っているうちに自然と林道に導かれた。

 すぐには国道の通る上村川の谷へ下らず、しらびそ峠に寄り道。標高は1,833メートルに達し、さすがに寒い。
 眼下の谷は深く深く、比高900メートルは達し、底は見えない。南アルプスの主脈から西に迫り出した立俣山が間近に見える。

しらびそ峠から立俣山を望む
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 もう少し進むと山上の一軒宿「ハイランドしらびそ」が建つ。南側から来たことがあるので、これにて南北のルートが繋がった。
 カフェがあるはずだったが、15時半までで閉まっていた。

関連記事 中部縦貫ドライブI(中) 兵越峠~下栗の里~しらびそ高原~伊那市 (平成27年10月下旬の訪問)

雲が覆う崩壊の痕の多い山々
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伊那山地の向こうにどこかの街が輝いて見える
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立ち枯れした木の多い山肌を雲が撫でる
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 引き返して国道152号まで下り、三遠南信道へ。長大な矢筈トンネルは一直線に延び、伊那谷の喬木村へ。まだ陽は高いが、でーひらさんには八王子で21時に解散と言われているので、そろそろ帰りのことも考えなければならない。
 天竜川を弁天橋で渡河し、飯田市のバイパスといった雰囲気の国道153号を走って中央道飯田ICへ。

駒ケ岳サービスエリアから望むは南駒ケ岳?
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 駒ケ岳SAででーひらさんにドライバーチェンジ。太陽は中央アルプスに隠れたり、また出てきたりを繰り返す。本日3度目の岡谷JCTを過ぎ、諏訪湖SAで休憩。ようやく本当に陽が沈んだ。
 閉店間際で割引きになっていたおやきを買っておやつにする。

宵の諏訪湖サービスエリア
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で「運転は諏訪湖までだぞ」
私「まだほとんど走ってないじゃん」
で「じゃあ俺頑張っちゃうぞ~。原までだ」
 などというやり取りがあったものの、結局談合坂SAまで運転してくれたので大いに楽ができた。6月の夕暮れは長く、八ケ岳をかすめて甲府盆地に差し掛かってもまだ空に明るみが残っている。笹子トンネルを抜けてようやく真っ暗になった。

 20時過ぎに談合坂SAで夕食。あとは私がハンドルを握り、八王子ICを流出して21:45頃に八王子駅近くに辿り着いた。

 走行距離は664.1キロ、給油間の平均燃費は22.37キロ/リットルであった。
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