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北アルプスを横目に安曇野をサイクリング(前) (「週末パス」で初夏の信濃をめぐる旅2)

旅行日:平成30年5月12・13日②

前の記事 「スーパーあずさ」は山々を越えて安曇野へ

 地震の影響で列車が10分ほど遅れたが、10:45頃に大糸線を信濃松川駅で下車した。
 駅前にある観光協会の施設でレンタサイクルを借りる。田園地帯を回って北アルプスを撮影したい。
 隣りの池田町に行くというと、職員のおじさんは電動アシスト付き自転車を勧めた。4時間で1,000円也(普通の自転車は500円)。やはり、北アルプスを見るには松川村よりも池田町の方が良いと言う。

駅のすぐ向かいにある松川村観光協会
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 早速、高瀬川を渡り、…とはいかずに大糸線の線路沿いに行った。間もなく、特急「あずさ3号」が来るはずだ。
 「あずさ3号」は大糸線で唯一の定期特急であるが、信濃松川には停まらない。急ごしらえのポイントであったが、水を張った田植え前の水田が水鏡になってくれた。

田んぼに白い車体を映して特急「あずさ」がゆく
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信濃松川で交換した普通列車が発車
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 一直線に延びる県道がそのまま高瀬川橋に通じ、川を渡って池田町へ。槍ケ岳と樅沢岳の間に発するこの川は、花崗岩の堆積によって河原が白く、橋の上からの景色も見事であった。
 池田町は高瀬川右岸にあって、千国街道の宿場を起源とするやや大きな町場を形成している。千国街道は信濃府中(松本)と越後国の糸魚川を結び、日本海で産する魚介類や塩が内陸に移入された。「塩の道」の別名の方が有名かもしれない。
 南北に延びる街道沿いには古い商家も見られた。なお、町制以前は「池田町村」という名称だったので、「羽村」町や「金町」村のように「池田町」という名前の街だったらしい。

高瀬川橋より後立山連峰を望む
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池田町で見つけた商家建築
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 ひとまず千国街道をトレースする主要地方道51号を南下。交通量はそれほど多くなく、安心して車道を走れる。沿道に大きなスーパーがあったので、おにぎりとサンドウィッチを買った。どこかでランチにしよう。
 東に折れ、滝の台という新興住宅地に登る。比高50メートルくらいの急な坂道だが、電動アシストは強力だった。
 坂の上からは安曇野をみはるかす。ここに住めば北アルプスと安曇野の四季の移ろいを見ていられそうだ。住宅地だというのにベンチも整備され、山見表も備えてあった。

東天井岳から燕岳、餓鬼岳を望む。中央は有明山
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北側には蓮華岳から白馬岳にかけての山並み
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 さて、池田町から大町市にかけての生坂山地の山際には「安曇野北アルプス展望のみち」が整備されている。一般の道路に標柱を立てただけではあるようだが、景色を見ながら走るのにはちょうど良さそうだ。

畔のアヤメの向こうに透かすは爺ケ岳、鹿島槍ケ岳?
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段丘上の農家の後ろには常念山脈
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花見(けみ)という集落のツツジ
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漢字よりも訓みの文字が少ない難読地名の「七五三掛(しめかけ)」
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 沿道では代掻きや田植えが行われているところが多い。小学生くらいの子どもも駆り出され、まさに家族総出だ。膝まで泥だらけになり、手伝っているのか遊んでいるのか曖昧になっているが、微笑ましい。こういう光景は平日に旅していると見られない。
 クルマを停めて画架を立てている人もいる。

平野に向かって段々になった水田
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 気温が上がってきて、雲が切れると強い日差しが照り付ける。湿度が低いので汗は出ず、初夏らしい気持ちの良い暑さだ。
 ただ、カバンの中の食べ物は傷みそうなので、道と田んぼの間のコンクリートブロックに腰を下ろして早目の昼食にする。眼下に先ほど通った池田町の中心市街地が見えている。クルマはほとんど通らず、田んぼから起こる蛙声がしきりであった。

有明山に向かって真っすぐにのびた道
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 ところで、旧安曇郡の北部を示す地名として、「仁科」がある。「仁科」という地名は安曇郡の北部を指し、「仁」は「丹」、すなわち赤土のことを、信濃国に多い「科」は段丘を表している。つまり、「赤土の段丘」という意味合いだ。
 先ほどから高瀬川の平野と山地の間の段丘を走ってきているが、まさにこの段丘のことを示している。戦前だったら段丘の上下で土地利用の違いもあったのだろうが、灌漑設備の整った現代では上も下も田んぼばかりになっている。

だいぶ高いところまで登ってきた
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後立山連峰が近づいてきたが、曇ってきた
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次の記事 北アルプスを横目に安曇野をサイクリング(後)
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