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【積雪深166cm】内蔵のある古い街並み―羽後増田を歩く (豪雪の東北地方を列車とバスでめぐる旅2)

旅行日:平成29年2月(20~)21・22日②

前の記事 【積雪深3cm】仙台から北上線経由横手へ

 豪雪の東北地方を列車とバスでめぐる旅、第1日目。仙台から北上線経由で横手に着いたのが、11:23であった。
 昼食を摂ったり、少し街を歩いたりして2時間弱を過ごし、増田に向かう。増田は横手の南約12キロにある街で、平成の大合併で横手市に入った。
 横手から増田へは羽後交通のバスの便があるが、途中で奥羽線の十文字駅を経由する。こういう機会でもないと下車することはないだろうから、その駅までは列車を利用する。なお、運賃はバスを乗り通すよりもJRとバスの合算の方がむしろ安くなる。

 13:11発の奥羽線新庄ゆきで3つ目の十文字へ。外国人観光客が一緒にどっと降りたので面食らう。増田はそれほどまでに観光地化しているのだろうか。彼らはジャンボタクシーに乗り込んだ。
 十文字という地名は羽州街道と小安・浅舞方面への脇往還が十字に交わることにちなむという。ずいぶんと直感的な地名だ。

十文字駅に到着。向かいのホームは冬季使用中止
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 バスは13:42発なので、15分ほどある。駅には蔵をモチーフにした広い待合室があって、ストーブに火が入っていた。有人駅だが、窓口は昼食休憩中のようだった。
 待合室からは駅前通りが見通せるので、ここにいればバスが近づいてきてもすぐに判る。

十文字駅駅舎
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 ところが、バスはなかなか来なかった。通過されても困るので、表に出てバス停附近を行ったり来たり。
 定刻から15分を過ぎ、そろそろ営業所に確認しようかと思ったところで、ようやくバスが現れた。横手駅東口を13:18に出た便なので、列車で13分のところを40分も要していることになる。時刻表の行先は「稲庭梺」だが、バスの表示は「稲庭」だけだった。ちなみになじみのない「梺」という字は「ふもと」と読むようだ。

雪に埋もれかけたバス待合所
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テープで抹消された行先が目立つ
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 バスは奥羽線の線路を踏切で越えて、南東へと国道の旧道を辿る。十文字駅・増田間は3キロないので、冬季でなければ歩いても行けるだろう。
 幅の広い増田のメインストリートに折れたところで下車。増田中町という停留所だが、4月からは「増田蔵の駅」に改称されるらしい。観光開発に力を入れていることを窺わせる。

 詳説は後に回すが、増田は明治・大正期に最大の繁栄を見せた商家の古い街並みが残り、平成25年に重要伝統建造物群保存地区に指定された。カテゴリは「在郷町」。秋田県では全国で最初に重伝建指定された角館以来、37年ぶり2件目となる。
 まずはその「蔵の駅」に入ってみる。

雪の降りしきる通りで下車。左手前が「蔵の駅」
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 「蔵の駅」は観光物産センターという位置づけで、市が所有している。元は石平金物店で、明治中期に建てられた。
 間口はほどほどの広さだが、奥行きは80メートルにも及ぶ。江戸時代の短冊状の地割を今に残している。

 増田の中心部には内蔵を持つ家屋が20あまりあるという。蔵は通りに面した主屋とは別棟ではあるが、鞘と呼ばれる屋根によって一続きになっているので「内蔵」なのだ。豪雪地帯の暮らしの智慧だ。
 鞘の内側は薄暗い。南光を採り込む窓がついているのだが、今年はひときわ積雪が多いため、すっかり塞がってしまったそうだ。
 なお、ここの内蔵はJRのCMやポスターにも登場しているので、見覚えがある方も多いかもしれない。

ミセのすぐ後ろには座敷
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鞘にすっぽりと覆われた内蔵
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 内蔵は倉庫ではなく、座敷蔵として利用されている。蔵が多いのは度々起こった大火の教訓によるが、内部を居住空間にしたのはなぜだろう。流行りというか、一種のステータスだったのだろう。

内蔵の内部は座敷
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間口に対して奥行きが非常に長い
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 増田の街は成瀬川の扇状地上に位置し、周囲よりも僅かに標高が高い。その成瀬川は街の南側で皆瀬川に合している。どちらの河川も宮城県との県境近くに発し、その懐は深い。それゆえ、増田は山間の産品が集積する谷口集落から発展し、在郷町として栄えた。

 そんな要地であることを反映して、この地には南北朝時代の貞治年間(北朝:1362~67)に増田城が築かれた。この城は元和の一国一城令によって廃城になったが、現在の横手市役所増田支所の辺りにあった。
 寛永20年(1643)には久保田藩(秋田藩)に認められ、3・7日の六斎市が開かれるようになった。谷間の集落では近世から養蚕や煙草の栽培が盛んだったため、その集積地であった。商品は煙草・筵・縄・豆腐など地元のものや,塩・瀬戸物など移入されるものが扱われたという。
 江戸時代は地味な建物が多かったというが、明治期には多くの豪壮な商家が立ち並ぶ街並みが整った。

蔵の駅を出ると雪が降りしきっていた
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可愛らしいかまくらを見つけた
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 次に訪れたのが、日の丸醸造。
 増田では見学できる内蔵つきの建築物が10軒ほどある。今でも住まっている方がいるため、公開は常にできるという訳ではないが、それだけの数があるとどれを見学しようか迷ってしまう。「蔵の駅」の方に訊ねると、それぞれの特徴を教えてくださったのだが、絞るのは難しい。
 結局、「試飲」という言葉に惹かれてやってきたのがこの酒蔵なのだった。

日の丸醸造
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 日の丸醸造は元禄2年(1689)に出羽国最上郡から来た沓澤甚兵衛によって創業された。当初の屋号は「もがみ屋」で、「日の丸」の名は久保田藩主佐竹氏の定紋「日の丸扇」から命名された。
 戦前の増田には4軒の酒造があり、夜も灯が消えないことから「ほたる町」とも呼ばれた。が、戦時中の企業整理で廃業に追い込まれた。そして、日の丸醸造だけは昭和23年に静岡県の醸造家によって再興した。
 現在の主力銘柄は「まんさくの花」で、昭和56年に放映された横手市が舞台のNHK連続テレビ小説のタイトルにちなむ。

 ここでは文庫蔵と称される内蔵は明治41年の建築。畳や床の一部を除いては当時のままだそうだ。

内蔵の入り口は漆塗りの扉
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梁が太く、欄間などの装飾が美しい文庫蔵の内部
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飾られていた「秋田縣増田町案内圖」。電報略号があり、電話番号がないので明治・大正期のもの?
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 見学後はお待ちかねの試飲タイム。おかみさんは「お好きにどうぞ」と言って裏に行ってしまった。日本酒は3銘柄があり、さっそく飲み比べてみる。醸造元限定ラベルが非常に旨い。持って帰りたいが、720ミリの瓶を持っては歩けない。
 リキュールの「りんごまんさく」、「ぶどうまんさく」も飲みやすくて美味しかった。これはキケンなヤツだ…。
 ちなみに、見学料は200円であるが、直売所で1,000円以上購入した際に利用できる200円の割引券がついてくる。私は今夜ホテルで飲む用のワンカップで我慢することにした。

一人で楽しく試飲タイム
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 身体が温まったところで、街歩きを再開する。
 古建築が多い増田だが、重文指定を受けているのは一軒だけ。それが佐藤又六家だ。主屋・内蔵とも明治前期の建築である。

雪吹きすさぶ佐藤又六家
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日々の登下校も大変そう
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 次に見学するのは旧石田理吉家住宅。木造3階建ての主屋は昭和12年の上棟。3階建ての旧建築は増田はもとより秋田県内でも稀な存在だという。
 通りに面した家屋が多い中、この家は前庭を持っている。入り口には冠木門に黒い塀。庭樹は雪にまみれている。

旧石田理吉家
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珍しいという木造3階建て
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 石田家も戦前は酒造業を営んでいたが、廃業。6代目の理吉は公選で最初の増田町長を務め、7代目の栄次郎は病院として開業した。
 3階建ての主屋部分は1階が和室、2階が和室と洋間、3階が大広間という構成で、「離れ」の要素が強い。2・3階部分の写真はネット上で公開不許可ということであったが、非常に豪壮な造りであった。

 座敷蔵の内蔵は明治14年(1881)の建築で、主屋1階からつながる。

座敷の向こうに内蔵
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鞘の明り取り
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除雪する主を失った家は雪に埋もれてしまう
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 少し歩いて新町の満福寺へ。広い境内には巨樹が聳える。
 満福寺は南北朝時代に小笠原氏が増田城を築いた際に創建されたと伝わる。小笠原氏の遁走などによって盛衰はあったものの、佐竹氏の時代には末寺15を持つほどの規模になった。

満福寺
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満福寺の本堂
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 中町などと直交するのが本町。古い建築は少な目だが、洋風の近代建築を見つけた。

本町の洋風建築。現在は洋品店兼カフェ
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 歩いているうちに増田中町停留所から離れたので、隣りの増田本町停留所から15:53発の横手バスターミナルゆきに乗車した。今度はほぼ定刻に来てくれた。客は私一人。そういえば、2時間余りのあいだ他の見学者とも出会わなかった。あの外国人たちはどこへ行ったのだろう。
 このバスは十文字駅での列車との接続が悪いため、横手市街までを乗り通す。

羽後交通は小田急バスとカラーリングが似ている
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 バスは十文字駅を過ぎると羽州街道を北上。交通量は多くなく、快調に走った。
 私以外の客は横手市街が近づいた頃に乗車してきたおばあさんが唯一で、カメラを提げたままの私を見て話しかけてきた。買い物帰りだったようで、降りしなにチョコをくれた。

 私も横手駅東口の少し手前の平和町角で下車。ここの方が市街地に近く、横手の街歩きを再開するには都合がよい。

※タイトルの積雪深は、旧増田町や旧十文字町にアメダス観測点がないため、観測点「横手」のものです。

次の記事 【積雪深167㎝】横手城下町を散策
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