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松山近郊伊予鉄乗り歩き(1) 石手寺と浄土寺 (2018冬の四国瀬戸内・列車の旅7)

旅行日:平成30年1月(15~)16~18日⑦

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 冬の四国旅、第3日目。
 きょうは夕方の便で松山空港から帰るので、終日松山市周辺を散策することにしている。前に来たときは松山城や湯築城址、道後温泉周辺などを回ったので、今回は少しマイナーどころが中心になりそうだ。

 ホテルでバイキング朝食を済ませ、清水町電停から市内電車の2系統に乗る。きっぷは昨夜から引き続き「ALL IYOTETSU 2Day Pass」。市内電車だけでなく、郊外電車やバスも利用できるので、市周辺の広範囲に足を延ばすには都合が良い。
 松山城の北側は住宅地が広がり、通勤・通学客を乗せた電車は単線の専用軌道を家々を縫うように走る。

交換設備の跡が残る清水町電停
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 国道196号とクロスする3つ目の本町六丁目電停で下車。国道上を通る6系統に乗り換える。
 この系統は運転本数が極端に少なく、日中は30分おきにしか運転されない。気軽に乗れるのがウリであろう路面電車らしからぬ運転間隔となっている。
 ラッシュ時の8時台も3本運転だが、発車時刻が近づくにつれて乗客が集まってきた。電停の両側をクルマが奔流のように過ぎてゆく。

国道上の本町六丁目電停
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 市役所前で別系統に乗り換え、一旦JR松山駅前電停へ。駅のコインロッカーに大きな荷物を納める。
 再び電車に乗り、松山市街を抜けて終点の道後温泉電停へ。小振りながらも駅舎があり、観光客が多い。
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 今回の目的は道後温泉ではないので、バスで石手寺に向かう。乗車するのは52系統松山空港線、湯の山ニュータウンゆき。全区間を通して乗車すると1時間を超える長距離路線であるが、私が乗るのは5分ほどだ。
 距離は近いが、登り坂なのでありがたい。

石手寺門前のクスノキ
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 石手寺は真言宗の寺で、四国八十ケ八霊場の第51番札所。
 神亀5年(728)に伊予国の豪族越智玉純が霊夢をみて、熊野十二社権現を祀ったのがその起こりだという。翌天平元年(729)に行基が薬師如来像を彫って本尊として祀り、「安養寺」を称した。当初は法相宗の寺院だったが、弘仁4年(813)に空海が訪れて真言宗に改めたとされる。
 「石手寺」への改称は寛平4年(892)のことで、四国八十八ケ所霊場巡りの元祖とされる衛門三郎(伝説上の人物)が再来したという伝説に基づく。平安時代から室町時代にかけては湯築城の河野氏の庇護を受けて繁栄し、堂宇や伽藍66坊を有したが、伊予国に侵攻した土佐国の長宗我部元親の兵火に遭って多くの建造物を失った。それでも、境内には鎌倉時代の建造物がいくつか残っている。

回廊の参道には土産物屋などが入る
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 楼門の二王門は鎌倉時代の文保2年(1318)の建立で、国宝指定を受けている。

国宝の二王門
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境内
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 三重塔、本堂、鐘楼も鎌倉時代後期のものが残る。これらは重要文化財指定を受けている。

高さ24.1メートルの三重塔
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大師堂
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入母屋造りの本堂 (側面から)
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 石手寺からのバスは本数が多く、直接松山市駅に向かう系統もある。門前で手湯などしていると、すぐにバスが来た。今度は道後温泉駅前止まりの「8番線」という名前の系統だった。
 バスが直通ではなかったので、電車に乗り換えて松山市駅に向かう。床が板張りの古そうな電車だった。昭和29年(1954)製造とのこと。

道後温泉電停にて。電車はオレンジ色への塗り替えが進む
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県庁前附近では山上の松山城を見上げる
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終着松山市電停に到着。床は板張りだった
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 松山市駅からは郊外線の1つである横河原線に乗る。伊予鉄の郊外線は松山市駅を中心に放射状に3路線が延び、高浜への高浜線、郡中港への郡中線、横河原への横河原線からなる。高浜線と横河原線が直通運転をしており、各線とも日中は15分おきの分かりやすいダイヤになっている。

3路線が交わる松山市駅構内
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 10:51に松山市を出ると、はじめは立て込んだ街の中を走る。駅はこまめに設けられているので、速度はあまり上がらないが、駅の周りには住宅が集まっている。鉄道が利用される素地は整っているように思われる。
 平井を過ぎて東温市に入ったあたりから駅間に田園地帯が広がるようになる。東温市は平成の大合併で新たに誕生した市で、名称は以前から慣用されてきた「温泉郡の東部」に由来する。しかしながら、明治以前は久米郡や下浮穴郡だった地域だ。
 松山(道後)平野から重信川の扇状地にかかり、上り勾配がきつくなる。
 東温市役所最寄りの見奈良で大きくカーブし、終点横河原着11:21。松山市からちょうど30分だった。

終着の横河原駅
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 横河原は松山平野で最大の河川である重信川の谷口集落にあたるようだ。ただ、あまり大きな街ではない。
 重信川に架かる横河原橋まで行き、11:44発の電車に乗るはずだったが、逃してしまった。が、県道沿いを歩いていると都合よく76系統松山市駅ゆきのバスがやって来たので、これに乗り込んだ。11:41発の便が遅れていたらしい。

横河原駅周辺には古い建物もいくつか
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重信川の河原にて。雲に隠れるのは四国山地の青滝山か
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 バスは愛媛大学病院の駐車場まで入る寄り道をしたが、途中で電車を追い越した。
 駅でいうと鷹ノ子と久米の間にあたる、鷹の子温泉前停留所で下車。小山の麓にある四国八十八ケ所霊場49番札所の浄土寺を訪れる。

 浄土寺は天平勝宝年間(749‐757)に恵(慧)明上人によって創建されたと伝わる。石手寺同様に法相宗の寺だったが、空海が訪れて再興した際に真言宗に改めた。平安時代には空也が滞留し、3年間にわたって布教を行った。
 鎌倉時代には源頼朝と河野通信により堂塔の修復を行った。河野氏率いる伊予水軍は壇ノ浦の戦いの主力となり、平家打倒に大きく貢献した。

 一時は末寺66坊の繁栄を見せたが、応永23年(1416)には兵火に遭い、堂宇はことごとく焼失した。寄棟造りの本堂は文明16年(1484)に河野通宣によって再建されたものが現存する。

山門
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空也上人像を安置する本堂
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境内に接したミカン畑
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 久米駅に歩き、12:17発の高浜ゆき電車に乗った。50番札所の繁多寺が抜けてしまうが、札所巡りの旅ではないので虫食い状態も厭わない。
 電車は松山市駅を過ぎ、高浜線方面に進む。

次の記事 松山近郊伊予鉄乗り歩き(2) 湊町三津
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