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姫路城に登城する(前) (青春18きっぷでめぐる冬の関西2)

旅行日:平成29年12月(18~)19・20日②
最初の記事 和田岬線沿線を歩く
 兵庫の次は姫路に向かう。私は現存12天守を全て訪れたが,姫路城は中学の修学旅行以来ごぶさたしている。今回の関西行にあたっては,姫路を訪れることだけは初めから決めていた。
 兵庫10:13発の快速加古川ゆきに乗り,山陽線を西へ。淡路島を見ながら巨大な明石海峡大橋の下をくぐり,西明石を過ぎて複線になると駅間には田園風景が広がり出した。終点の加古川で新快速に乗り換え,11:03に姫路に着いた。

姫路駅は近代的な高架駅
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 さすがは兵庫県を代表する観光地で,駅前からして観光客が多い。駅舎を出ると,真っ直ぐに延びた大通りの向こうに姫路城天守が聳えている。この景観は観光都市として非常に効果を発揮しているように思う。この大通りは大手前通りといい,戦後の復興事業で整備された。

 山陽線の前身である山陽鉄道が姫路まで延びたのは明治21年のことで,城下町のすぐ南の外側に駅が設けられた。明治45年までは駅が姫路市になく,南隣の国衙村に属していた。
 姫路市は広域都市であるとはいえ,人口は53万で県下2位。駅前には真新しい商業施設もでき,観光だけではない街の活気が感じられる。

駅を出ると,大手前通りの先に姫路城天守
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 大手前通りを歩き,ひとまず城を目指す。この通りは幅が50メートルもあり,整備時から無電柱化を施すなど,時代を先取りした整備がなされた。街路樹にクスノキを植えた歩道は歩きやすい。
 大手前交差点がかつての中濠。往時は直交する形で中濠があり,ここよりも内側が武家地の中曲輪だった。中濠は埋め立てられて国道2号に変わっているが,土塁だけは残っている。なお,往時の西国街道はもう少し南側を通っていた。

中濠跡の国道とクロスする大手前交差点
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国道2号沿いに土塁と石垣がのびる
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 駅前からの通りが突き当りに達すると,そこが姫路城の内濠だ。城址は公園として広く整備されている。内濠に架かる桜門橋を渡って大手門(旧称桜門)をくぐり,三ノ丸広場へ進む。

浅い内濠を渡って大手門へ
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昭和13年に造られた高麗門形式の大手門
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 内濠の内側は内曲輪で,広場になっている三ノ丸広場には姫路藩の諸政庁が置かれていた。
 今は芝生の広々としたスペースの向こうに天守が威容を見せ,恰好の記念撮影ポイントとなっている。天守のある小山は姫山といって,奈良時代初期に編纂された『播磨国風土記』にも「日女道丘」として登場する非常に古くからの地名だ。

三ノ丸広場から見上げる天守の威容
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天守を取り囲むように多くの櫓が連なる
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 三ノ丸広場より先は有料エリアとなる。姫路城は平成の修理の後で入城料が上がり,現在は大人1,000円となっている。近くの好古園(日本庭園)との共通券も1,040円と大差なかったので,そちらを購入した。
 ゲートを抜けると,すぐに枡形門形式の巨大な菱の門が立ちはだかる。2階の窓には金と漆喰の装飾が施され,釣鐘型のものも設けられている。これは「華燈(頭)窓」といって,格式の高い寺院に用いられるという。

いかめしい菱の門
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菱の門の由来になった梁(冠木)の花菱の彫刻
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この角度からは姫路城が連立式天守であることがよく判る
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 菱の門の先は二ノ丸。ここで道は3つに岐かれ,2つが天守のある姫山へ,もう1つが西ノ丸のある鷺山へ通じる。様々な構造物によって判りづらくなっているが,姫路城の城山は元々2つのコブがあったという訳だ。
 姫山と鷺山の間には四角い三国堀があり,城郭時代は用水池の役割を果たしていた。「三国」の名は池田家が播磨・備前・淡路3国の領主であったことにちなむ。
 三国堀の脇を進み,の門,の門をくぐって谷地形の部分を進んでゆく。

三国堀の石垣には谷から水を引いていた名残りで「V」字型の痕跡が…
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の門
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この辺りは高石垣が連なるが,櫓や塀は失われている
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の門
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巨石の間に小石をはめ込んだ石垣
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 姫山への築城の歴史は古く,鎌倉時代末の元弘の乱の際に赤松則村(円心)が砦を築いている。建武の新政で播磨国守護となった赤松貞範が城を築き,赤松氏と山名氏の争いの舞台にもなった。戦国期には守護代の別所氏や浦上氏が力をつけて小国乱立し,畿内と山陽の狭間に位置する播磨国は両側から圧迫されるようになる。
 東播磨を領有する加西郡三木城の別所氏はいち早く織田につき,西播磨の揖保郡室山城の浦上氏も加わった。天正4年(1576 )に浦上宗景が宇喜多直家に敗れて滅亡し,織田・毛利両氏は断交状態となった。

 ろの門を抜けると,石垣と狭間の開いた白壁の間の緩やかな登りとなる。姫路城には現存する狭間が997もあるそうだ。
 この坂は将軍坂と呼ばれるが,テレビドラマの時代劇「暴れん坊将軍」に姫路城が度々登場するためという意外と新しい名称とのこと。
 その上には櫓門形式のの門が待ち構える。

将軍坂
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の門
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 この辺りから城の護りはより強固になってくる。
 ここまでは天守を前方や右手に見ながら進んできたが,の門を挟んで通路は折り返す形となり,その先では一旦天守に背を向けることになる。
 次に待ち構えるの門は梁が出っ張っていて,高さは2メートルもない。しかも登りになっており,頭上の高さが読みづらい。戦国から江戸時代の武士は現代人よりも背が低かったとはいえ,城攻めの兵は兜が引っ掛かっただろう。

天守を背を向け,の門へと進む
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の門は天井の梁が低くなっている
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 の門をくぐると,ついに小天守のすぐ下に到る。姫路城の天守は南側の大天守を中心に,西小天守,乾小天守,東小天守を配置し,それらを互いに連結させた連立天守にしている。
 櫓の下にはかなり小さな埋門形式のの門が待ち構えている。門の先は上りの石段としていて,門を閉じて段差中に石を詰めることで時間稼ぎができるという仕掛けになっている。

いよいよ乾小天守の下まで来た
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敵の勢いを削ぐ小さなの門が行く手を遮る
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 ほの門を抜けて内陣に入ったところには,築地塀が見られる。姫路城と云えば漆喰を塗った白壁だが,油壁と呼ばれるこの塀だけは土色をしている。豊臣秀吉時代の遺構と紹介されることもあるが,下部の石垣の年代などから否定されている。

 備前国天神山城の浦上宗景は織田信長に備前・美作・播磨3国を安堵されていたが,天正4年(1576 )に宗景が家臣の宇喜多直家の下剋上によって滅亡した。これにより織田信長と直家に援助した毛利輝元は断交状態となった。
 翌天正5年,信長は羽柴秀吉を播磨国へ派遣した。秀吉は飾東郡御着城(姫路市)の小寺氏の被官であった黒田孝高の協力を受け,上月城(佐用町)の赤松正範,福原城(同)の福原助就を攻略した。
 秀吉は姫路を拠点に中国攻めの準備を整えていたが,美嚢郡三木城(三木市)の別所長治が翻った。三木城は2年近く持ちこたえるも天正8年初めに落城した。また,一向宗の拠点であった飾西郡の本願寺英賀御坊(姫路市)も頑強な抵抗の末に落ちた。これにより,佐用・赤穂郡を除く播磨国が統一された。
 孝高は姫路城を秀吉に譲り,秀吉は石垣や三層の天守を持つ城を築いた。同時に英賀の商人を城下に移し,市を立てさせた。秀吉がこの城を拠点としたのは,柴田勝家を倒して大坂城に移るまでの3年程度だったが,豊臣一門の姫路支配は長く続いた。
 天正11年には秀吉の弟秀長,天正13年からは北の政所(秀吉の正室)の兄である木下家定が配置された。

唯一の築地塀である油壁
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―後編に続きます。

次の記事 姫路城に登城する(後)
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