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眺海の森から出羽三山の羽黒山を経て秋保温泉へ (2017晩夏の越後南東北ドライブ旅 6)

旅行日:平成29年8月29日~9月1日⑥

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 越後南東北ドライブ旅,第三日目。きょうは曇り。それでもホテルの部屋からは鳥海山の全景が見えている。
 6時半に起きたものの部屋でグダグダしてしまい,出発は9時近くになった。長駆の疲れが少し出ているのかも知れない。
 きょうは17時に宮城県のJR仙山線愛子駅ででーひらさんと落ち合うことになっている。彼が何処に行くのかは知らされていないが,夜行バスで既に東北入りしているようだ。
 宮城県方面へのルートはいくつか考えられるが,出羽三山の一つである羽黒山を訪れてから大越で山形盆地に抜け,県境は関山峠を越える積りだ。

 最初の目的地を眺海の森に決め,酒田から内陸方面に向かい,砂越を経て旧平田町へ。

田園地帯ごしの鳥海山には雪代も見える
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 眺海の森は県民の森の愛称で,宏大な公園内には温泉や天文台,スキー場などが備えられている。高台にあるので,鳥海山や庄内平野,日本海を望む景色のよいところだ。「眺海」という名前は鳥海山と「海をも眺める」というのが掛かっているのだろう。
 朝ということもあって閑散としており,眺望の良い場所もどこが真打なのか判然としなかった。

鳥海山の優美な姿を望む
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田んぼが広がる庄内平野。眼下は旧松山町の中心部
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蛇行しながら日本海を目指す最上川
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 山下の旧松山町に下る。鶴岡藩の支藩である出羽松山藩の政庁が置かれていた旧城下町だ。町を貫く県道は,上下線の間が水路になっていた。それだけ記すと城下町の風情があるように感じられるが,両岸にがっちりと柵が設けられており,クルマを降りて歩きたくなるような街並みではなかった。
 最上川沿いに国道345号,県道361号を走り,川が庄内平野に出てくる清川に到る。これより上流は庄内地域と最上地域を隔てる最上峡の狭窄部をとなる。川沿いに国道47号とJR陸羽西線が新庄へと通じているが,私は対岸に白糸の滝を望むドライブインまで往復した。

濁った最上川の向こう側に白糸の滝
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 清川からは羽黒山を目指して立谷沢川の広い谷を南に走る。前方には出羽三山の月山が見えてきた。こういう田園地帯の交通量の少ない道をほどほどのスピードで走るのが一番気持ちいい。
 資金の補給のために立谷沢郵便局に立ち寄ると,ATMがなく窓口対応となった。ATMのない郵便局は沖縄本島最北端の奥簡易郵便局以来だ。簡易局以外にもATMがない局があるとは知らなかった。ここまで来ると羽黒山が近い。

郵便局前の田園。鳥海山と案山子
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羽黒山下からどっしりとした月山を望む
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 出羽三山というが,3つの山の様相はそれぞれ随分異なっている。
 月山は標高1,984メートルの火山であり,その頂上に社殿を持つ。湯殿山は標高は1,500メートルの月山の峰の一つで,谷間に本宮があるものの本殿は存在しない。羽黒山は丘陵地の標高414メートルの峰の一つにすぎない。
 三山の中ではもっとも標高の低い場所に位置する羽黒山であるが,宗教的な意味では三山信仰の中心であった。

 大きなS字カーブを描いて長い坂を登り,稜線上に出る。月山からのびる尾根の一つが丘陵地に繋がり,そのまま清川まで続いている。その途中に羽黒山はある。
 月山ビジターセンターのところからは庄内交通の運営する羽黒山有料道路が山上に通じている。門前の手向集落から五重塔を経て登山することもできるが,いつ雨が降り出してもおかしくない空模様である。山の上へはクルマで訪れ,その後で五重塔の方へ移動しよう。
 有料道路を登っていけば,思いの外早くに広い駐車場に出る。ここから神社までは平坦である。山上でありながら平坦面が広がっているのだ。

いわば裏参道にあたる駐車場からの参詣路
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 伝承上の羽黒山の開山は推古元年(593)とされる。2回前の由良の項でも書いたが,崇峻天皇の第三皇子である蜂皇子は蘇我馬子から逃れて丹後国由良から日本海を北上し,鶴岡市由良の地にに上陸したという。由良からは三本足のカラスに導かれて羽黒山に登り,さらに月山と湯殿山を開山したとされる。

 境内では子供たちが相撲を取っていた。騒がしいが,これも神に奉納する神事だ。

諸神を祀る8つの社がずらりと並ぶ
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 羽黒山には羽黒神社ではなく,出羽三山神社がある。この神社は出羽神社,月山神社,湯殿山神社の総称である。
 創建から約1,400年とされる出羽三山は,それぞれの神を祀るとともに修験道の道場でもあるという神仏習合の山であった。明治の神仏分離に際しては関連する多くの寺院が仏道を採ったが,明治3年に月山と羽黒山が神社になり,翌年には湯殿山も神社とされた。羽黒神社が出羽神社に改称されたのは明治6年である。
 月山と湯殿山は冬季に参拝ができないため,羽黒山に三神合祭の三山神社を祀っている。そのため,社殿も三神合祭殿という。

出羽神社三神合祭殿
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 鐘楼は元和4年(1618),山形藩主最上家信(義俊)による再建。当時14歳の若いこの藩主は最上騒動を招き,近江国の小藩に改易されてしまう。
 梵鐘の方は鎌倉時代の建治元年(1275)の銘があるというが,読めなかった。

茅葺き屋根の大きな鐘楼
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 有料道路を下る。上りと下りではルートが分かれる箇所があり,スキー場の駐車場を通った。ここからは月山を望んだ。
 羽黒山自体は庄内平野の広くから望まれる山だというが,その頂上附近はスギを初めとした木々が茂っており,周辺の眺望は利かなかった。

 祓川を渡って向かいの丘陵地に上がると,鳥居前町の手向(とうげ)集落に到る。自動車交通が発達するよりも前,出羽三山の登山口は八方七口とされ,その中でもっとも繁栄したのが手向から入山する羽黒口であった。麓の手向集落には多くの宿坊が営まれた。

有料道路の途中,スキー場上部から望む月山
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手向集落の宿坊の一軒
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 前述したように,ここからは羽黒山の表参道を五重塔まで歩く。羽黒山との比高は300メートルだが,表参道の石段は2,446段に及ぶという。
 鳥居をくぐると朱塗りの随神門。元禄8年(1695),当時は藩ではなかった矢島の領主生駒氏の寄進によるもので,神仏分離以前は仁王像が安置され,仁王門と呼ばれていた。

羽黒山の鳥居
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随神門
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 随神門からはいきなり下りの急な石段となる。山上に向かって登り一辺倒であると思っていたので,意外であった。
 下った先は祓川の谷で,いくつかの神社が祀られている。参詣前の登拝者が身を清めたとされる川だ。祓川を朱塗りの神橋で渡ると,須賀滝が見えてくる。江戸時代に水を引いて造られた人工滝だという。

祓川の谷に落ちる滝
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須賀滝を見上げる
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 辺りは杉林。樹齢は200~600年とされ,暗い曇り空ということもあって鬱蒼としている。
 その中でもひときわ太いのが爺杉。この樹は樹齢1000年とされ,根回り10.5メートルは羽黒山内最大だという。対をなす婆杉は明治時代に暴風に遭って折れてしまったそうだ。

爺杉
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 五重塔は杉林の中に紛れるように建っていた。
 その創建年代については諸説ある。古いものでは承平年間(931-38)に平将門が建立したとするが,少なくとも現在の塔とは別のものらしい。
 現存の五重塔は室町時代前期の建立とされ,高さ29.9メートル,3間の方形。屋根はこけら葺き。昭和41年に国宝指定を受けている。
 かつては谷間の孤高の建物だったのかもしれないが,後から育ったスギに高さを追い越されている。こういう環境の方が,落雷のリスクを避けられるのだろうか。

 山上に続く石段を見上げて引き返す。

五重塔
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五重塔は杉の巨樹の中に
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山上へ通ずる参詣道
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 大鳥居をくぐって庄内平野側に下る。平野を右手に見下ろしながら県道115号,44号を走り,旧朝日村の下名川へ。朝日連峰と月山から流れてくる赤川と梵字川が合流する地であり,両川が山地から平野に出る地でもある。
 国道112号に折れて山間部に入ると,巨大な月山ダムが現われた。高台から見下ろすと,堤体のすぐ脇を国道のトンネルが貫いている。

梵字川の月山ダム
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 所要時間を確認するためにナビに愛子駅と入力してみると,走行距離108キロで17:04到着見込みと出た。現在14時であるので,108キロに3時間はかかり過ぎとしても,持ち時間はだいぶ少なくなってきている。酷道とされる六十里越街道の方の112号ではなく,自動車専用の月山道路の方を通ることにする。
 月山道路は六十里越街道を改良した新道で,長いトンネルと緩やかな曲線を連ねて月山の肩を越えてゆく。山形道と一体化しているが,月山道路の区間は無料供用されているので地図上の色の違いが目につく。余談だが,開通時は無料供用されていたものの,山形道に組み込まれてから有料になった笹谷トンネルと対照的だ。

 高規格ルートで一気に時間を稼げるはずだったが,片側交互通行が3箇所で行われており,その度に結構待たされた。
 サミットを越えて下り坂に転じ,山形道と岐かれると,寒河江ダムの月山湖が現われる。峰々の上の方が赤くなっているが,もう紅葉だろうか。
 サルスベリの花も目につく。昨年までは気にしていなかったが,漢字で「百日紅」と書くこの花は夏の間中ずっと咲いている。

寒河江ダムから見る山々は紅葉気味?
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今年から目につくようになったサルスベリの花
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 寒河江ダムは寒河江市ではなく西川町にあるので,寒河江まではまだ距離がある。
 あとで聞いたところでは,でーひらさんは数時間前までこの辺りをウロウロしていたらしい。彼は夜行バスで山形に着いた後,レンタカーで銀山温泉を訪れ,寒河江市の蕎麦屋,西川町の酒造などを回ったとのこと。連絡をくれれば山形空港ないしさくらんぼ東根駅まで迎えに行ったのに,妙な秘密主義のせいで損をしている。
 道の駅寒河江「チェリーランド」で休憩ののち,河北町谷地で最上川を渡河。山形空港の北をぐるりと迂回し,果樹園の広がる乱川の扇状地を登る。扇頂部の関山から国道48号に入る。
 薄暗い関山峠をトンネルで抜けると,作並温泉の温泉街だ。作並駅で下車したことはあるが,こちらには来たことがなかったので新鮮に感じる。
 あとはJR仙山線沿いに走って愛子駅に到る。しかし,駅の手前で渋滞。その間にでーひらさんの乗った快速列車に追い抜かれたようだ。

 なんとか17時に間に合い,駅前ロータリーででーひらさんをピックアップ。クルマのナンバーが相模であることを除けば,地元の人が高校生の子供を迎えに来るのと同じ感じの合流であった。スーパーで多少の買い出しを済ませ,峠を一つ越えれば秋保温泉だ。まだ明るい17時半過ぎの宿入りとなった。

本日の宿泊先に到着
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 早速ひと風呂浴びて,軽くビールを飲んでから夕食バイキングに出掛けた。ここの名物は目の前で焼いてくれる牛タンだ。これは何皿も食べた。その他の料理も種類豊富で満足し,そして食べ過ぎたことを後悔した。

 第三日目の走行距離は218.6キロであった。

次の記事 快晴爽快蔵王連峰越え
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