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越後松代,星峠と蒲生の棚田 (2017晩夏の越後南東北ドライブ旅 2)

旅行日:平成29年8月29日~9月1日②

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 越後・南東北ドライブ旅,第一日目。十日町から松之山を経て松代(まつだい)まで来た。
 松之山と松代は中世の松山保にあたり,南部が松之山,北部が松平(松代)と呼ばれていた。両町は平成の大合併で十日町市内になっている。東頸城丘陵に含まれるこの地域は,高い山がある訳ではないが起伏に富んだ地形をしている。
 
 松代では棚田を見たいのだが,その前に湧き水に寄り道。国道403号から県道243号に折れ,さらに細道を辿ったところにある。
 実昇清水と呼ばれるこの湧き水は室野城山の山腹から僅かに湧いていて,長くは触れていられないほど冷たい。口に含んでみると甘露であった。
 湧き水は崖沿いに何ケ所かあるようで,農業用の溜め池らしい城の池を満たしていた。

岩の隙間から湧く実昇清水
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湧き水を湛える城の池
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谷の向こうの崖は砂っぽい地質
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 国道403号を走って行くと,その名も峠という集落がある。国道は上越市(旧大島町)のと境で通行止めになっており,迂回路がそのまま峠集落の中を抜けて星峠の棚田に通じていた。
 星峠の棚田は松代の棚田の中でも特に規模が大きく,有名な所である。棚田を上部から見渡すことができる場所の駐車場には,他県ナンバーのクルマが10台くらい停まっていた。

星峠の棚田
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 星峠の棚田は,鍋立山山腹の標高430~280メートルのところに約30ヘクタールの規模で広がっている。田んぼの数は約200枚。最初に開墾されたのは約300年前とされる。
 東頸城丘陵は東西からの圧力によって隆起した地形で,激しく褶曲している。著しい褶曲と地下水の存在によって地辷りが多発するが,地辷りによってできた緩斜面が棚田になっている。旧松代町をはじめ,東頸城丘陵に棚田が多くみられるのはこのような地形的な要因が大きいのだろう。

 棚田にしては田んぼ一枚一枚が大きく感じるが,これは昭和50年代の圃場整備によるものだという。それ以前はもっと零細な田んぼが点在していたそうだ。
 なお,松代町は東頸城郡に属していたが,十日町市(旧中魚沼郡)と合併したことで魚沼地域に含まれるようになり,この地で産するコシヒカリは魚沼(産)コシヒカリを名乗れるようになった。

広く明るい谷間に田んぼが段々に連なる
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穂を出したススキを前景に
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畑の隅に咲いたボタンクサギ(牡丹臭木)
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 5キロほど引き返し,蒲生の棚田にも行ってみた。広めの駐車場があって,展望台も整備されていた。ただし,見学者は私だけ。
 こちらは星峠の棚田に較べると規模は小さく,斜面は急。それ故に箱庭感があって,これはこれで佳い。

蒲生の棚田
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やや急な斜面に田んぼと溜池が入り混じる
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 松代の中心地に行ってみると,街並みは整っていて人通りも結構あった。市役所支所で城川ダムのダムカードを入手。
 眠気覚ましのコーヒーを買うために道の駅「まつだい ふるさと会館」に入る。北越急行ほくほく線のまつだい駅も併設されているが,鉄道の方は存在感が薄い。立派な造りの施設にはコンビニも入居しており,都会の駅のようだ。あと5分もせずに列車が来るところだったので,近代的なホームで待っていると1両きりの電車が入ってきた。

道の駅まつだい兼ほくほく線まつだい駅
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20周年ヘッドマークをつけた電車が到着
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 松代からは国道253号で長いトンネルをいくつもくぐり抜けて十日町に戻り,そこから県道49号を北上して小千谷に到る。
 小千谷では山本山の中腹に位置する市民の家・小千谷信濃川発電館「おぢゃ~る」に立ち寄り,宮中取水ダム・浅河原調整池ダム・山本調整池ダム・山本第二調整池ダムのダムカードを4枚まとめて入手。ダムといえば,国交省が地方自治体,電力会社,J-POWER(電源開発)が管理していることが多いが,これら4ダムの管理者はJR東日本である。
 「おぢゃ~る」は発電所の資料館のほか,キャンプ場や宿泊設備をも備えた立派な施設であった。数年前にJRの発電所で不正取水問題が発覚し,小千谷市の要望で昨年開設されたという。

小千谷市民の家・小千谷信濃川発電館「おぢゃ~る」
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 鉄道省が信濃川に発電所を設ける計画は大正8年に決定し,昭和6年着工,昭和14年にまず千手発電所(十日町市)が竣工した。大正初期は国有鉄道の電化区間は東京府と神奈川県内の一部路線に限られていたが,関東大震災後に鉄道電化の機運が高まった。
 千手発電所が完成した昭和14年の時点では,東京を中心に桜木町,横須賀,沼津,原町田,甲府,大宮,松戸,千葉までの区間が電化されていた。
 信濃川発電所は戦後も設備の増強が行われ,最も新しい山本第二調整池ダムと新小千谷発電所が完成したのは平成2年である。

高台から信濃川と小千谷の街を遠望
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 信濃川発電所の特徴として,夜間・日中に調整池に水を溜め,朝・夕ラッシュ時に水力発電所の出力を上げている点がある。ラッシュ時には排水で信濃川の流量が増すため,下流の妙見堰でその調整を行っている。
 電車が動くと信濃川の流量が変化するというのは流域の人々にとっては迷惑な話であろうが,意外性があって面白い。

山本第一調整池。夕ラッシュ前であるなのか満水位に近い
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鉄道施設らしく柵には古レールが再利用されていた
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小千谷発電所の鉄管を跨ぐ国道117号
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 まだ16時半だが,一気に宿泊地の三条市に向かう。
 信濃川を渡って国道17号に出る。小千谷市街は信濃川の左岸に位置するが,上越線の小千谷駅は右岸に設けられている。駅前の地下通路は名産のコイをあしらった塗装が施されていて,かわいらしかった。
 小千谷の先で宏大な越後平野が開け,国道17・8号バイパスを快走。新潟市までずっとバイパスが続くのかと思いきや,三条市内(旧栄町)に現道二車線区間が残っていた。時間も時間なので渋滞する。
 再び道が広くなって,ロードサイド店が蝟集しだすと燕三条だ。新幹線の燕三条駅と北陸道の三条燕ICがあるところは,信濃川と中ノ口川(信濃川の分流)に挟まれた島状の中洲になって,その真ん中に三条市と燕市の境界が通っている。そのために,この“島”はどっちにもつかないような感じになっている。

 少々の買い物を済ませ,17:40には三条市街のホテルにチェックイン。道の入り組んだ古い街の一劃であった。
 三条まで急ぎ馳せ参じたのは近くの市に住むみのさんに会うためであった。私が新潟県内に泊まることに決め,連絡を取ったのは3日前であったが,忙しい中時間を作ってくれた。
 北三条駅で落ち合い,駅近くの三条スパイス研究所というお店でとてもお洒落なカレーを食した。
 建て込んだ古い家並みとは一線を劃した雰囲気の良い店であったが,随分開放的であったので大層蚊に刺された。

三条でオシャレなカレーのプレートの夕食をIMG_6976.jpg
(WBをミスる)


 北三条駅周辺は他に店のない感じであったので,弥彦線電車で東三条駅まで1駅移動。新潟県内のチェーン店だという居酒屋で時間までを過ごした。みのさんはあまりお酒を飲まないようではあったが,この後の用事の関係で全く飲めない状況であったので,ちょっと申し訳なかった。
 帰りは電車の時刻まで1時間近く開いていたので,小雨の降る蒸し暑い中を20分ほど細道を辿った。

 第一日目の走行距離は389.9キロであった。

次の記事 下越を北上して笹川流れへ
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