Entries

【網走→南千歳】特急「大雪4号」,「ライラック34号」,「北斗22号」 (2017夏の北海道旅行11・終)

旅行日:平成29年7月3~6日⑪

最初の記事 【南千歳→釧路】特急「スーパーおおぞら5号」
前の記事 天都山と涛沸湖と小清水原生花園
 夏の北海道旅行最終日。
 昼過ぎに網走駅前でレンタカーを返却した。あとは列車を乗り継いで遠路新千歳空港を目指す。

 最初に乗るのは網走12:35発の石北線の特急「大雪4号」旭川ゆき。私たちは自由席なので改札前で待機している。
 12:18に札幌からの特急「オホーツク1号」が到着し,乗客が降りてきた。この車輌が折り返し「大雪4号」になるようだ。
 石北線の特急は札幌発着の「オホーツク号」と旭川発着の「大雪号」が2往復ずつ運転されている。今年の3月まではすべて札幌発着だったのだが,ディーゼル特急用の車輌を削減するために一部の列車の運転区間が短縮された恰好だ。

 それから車内清掃が入って,ようやく改札が始まる。夏の今は良いけれど,冬場など雪で列車が遅延したらなかなかタイトな折り返し運転になるだろう。
 列車は4両連結で,1号車と2号車の前半が自由席,2号車の後半と3号車の前半と4号車が指定席,3号車の後半がグリーン車という随分複雑な編成を組んでいる。網走からの乗客の大部分は指定席に落ち着いたらしく,自由席の1号車はガラガラだった。私たちは運転室直後の右手の座席に腰を下ろした。先頭の景色が眺められる楽しい座席だ。

大雪山系をあしらったヘッドマークを装着した特急「大雪」
IMG_6713_201708202100176cd.jpg

 発車時刻が近づくと保線の係員が乗り込み,私たちの前に立った。意気消沈であるが,あちらだって後ろから見られて仕事がしづらいだろう。
 網走湖畔を走って女満別,美幌と停まり,低い峠を越えて北見盆地に下る。常呂川を渡ると線路が一直線に延びる。北見市内は高架に上がり,国道沿いのロードサイド店を見下ろす。さすがはオホーツク管内最大の都市で,郊外の発展ぶりもなかなかのものだ。北見駅は地上駅で,構内が広い。網走から添乗してきた保線の係員はここで下車したが,また別の方が前に立った。

 北見を発車すると,線路は右に大きくカーブしながら地下にもぐる。地方都市で鉄道の地下区間は珍しい。
 線路がカーブするのは元々こちらが支線だったためだ。最初にオホーツク方面に達した鉄道は根室線の池田(十勝管内池田町)を起点としており,北見には明治44年,網走には大正元年に到達した。北見は昭和17年まで野付牛といった。
 一方,北見から遠軽方面は大正元年以降に湧別軽便線として建設され,名寄線と合わせて大正10年には名寄に達した。これにより,北見・網走へのメインルートは名寄経由に移行した。札幌までの距離はいずれも400キロ強で大差ないが,名寄を経由した方が大きな峠越えがなく,軍都旭川を経由できるというメリットもあった。戦後,池田方面は地北線というローカル線に格下げされ,第三セクターに転換されたのち平成18年に廃線になった。
 現在,道東道の本別JCTで分岐する道東道の支線と十勝オホーツク道の建設が進められている。このルートは池北線に沿っている。時代が一巡したということだろうか。

北見の先で二手に分かれていた線路 (大変雑な写真)
IMG_6715.jpg


 北見を過ぎると無加川に沿って少しずつ平野が狭まってゆく。北見盆地はハッカの産地として知られるが,廉価な外国産に押されて今ではもうほとんど生産されていないそうだ。
 留辺蘂の先で無加川から離れると,登り坂がきつくなる。常紋峠だ。石北線の難所の一つであり,建設時には過酷な労働で犠牲者を出したと伝えられる。金華信号場からは25パーミル勾配が連続し,エンジン音が高まり,速度はジリジリと下がってゆく。
 かつては峠のトンネルの手前にはスイッチバック式の常紋信号場があったが,列車本数の減少などによって廃止された。スノーシェッドなどが残っていた。

峠にある旧常紋信号場
IMG_6716.jpg

 常紋トンネルを抜けるとエンジン音も軽やかになって,スイスイと峠道を下ってゆく。
 湧別川を渡ると,左手から別の線路が近づき,遠軽に到着する。遠軽駅は行き止まりになっていて,石北線はこの駅で向きを変える。元々野付牛~遠軽~中湧別が先に開通しており,そこに新旭川・遠軽間の新線が接続し,遠軽より東が廃線になったためだ。
 名寄線の開通で道央・道東オホーツク方面のメインルートは旭川~名寄~中湧別~遠軽~野付牛~網走に変わったが,これもやはり遠回りであった。北海道の中央部には日高山脈,石狩山地,北見山地の峻険な山々が連なっているためだ。
 少し時代が下って,山越えのショートカットルートとして大正時代から昭和初期にかけて建設されたのが石北線の新旭川・遠軽間だ。ピークとなる北見山地越えの北見峠は標高約850メートルの高さに聳え,石北線は約630メートルの位置に長さ4,356メートルの石北トンネルを穿った。全通は昭和7年である。

 現在の石北線は新旭川・網走間であるが,初めから“石北線”として建設されたのは新旭川・遠軽間だけで,遠軽・北見間は湧別線,北見・網走間は網走間だった訳だ。
 新線の開通で路線名を改称するケースは全国的に見られるが,道内は凋落した線区が廃止されたケースが多く,不自然な線形になっている箇所が所々に見られる。
 遠軽は4分停車で,その間に乗客は進行方向に座席を回転させる。運転室には誰もいなくなったので,私たちはそのまま後方の景色を眺めることにした。

遠軽駅が遠ざかる (右手前が網走方)
IMG_6717.jpg

 網走方面の線路が見えなくなると,左手に巨大な岩が現われる。アイヌ語でinkaru(見張る)-usi(場所)と呼ばれていたこの岩は,音が遠軽という地名に,意訳が瞰望岩という和語での岩の名前の由来になった。

遠軽のシンボルであり由来にもなった瞰望岩
IMG_6718_20170820210015d49.jpg

 遠軽の次の瀬戸瀬で対向の特急「大雪1号」を待たせて交換。その次の丸瀬布を過ぎると,下白滝,白滝,奥白滝と「白滝」が連続する。白滝以外は信号場であり,さらにかつてはこの他に上白滝と旧白滝があった。人口稀薄地帯であるので,利用者の少ない駅は廃止されたり列車交換用の信号場に格下げされている。

駅から格下げになった下白滝信号場
IMG_6719.jpg

 白滝の次は上川まで駅がないが,この間は37.3キロもあって39分を要する。鉄道を脅かす自動車専用の旭川紋別道と国道273号が同じ谷の中で絡み合う。
 上川駅は層雲峡方面へのバスの乗り継ぎ駅で,後方に大雪山が見えた。上川管内はよく晴れていて暑そうだ。谷が開けて盆地になると車窓にも区劃の広い水田が目立ち始めた。線形もよくなり,通過駅の分岐器も改良されていて,速度が上がった。終着の旭川を前に,ようやく車掌が検札にやって来た。自由席1号車は終始空いていた。

水田の広がる上川盆地
IMG_6720.jpg

 牛朱別川を渡ると住宅地が広がりだし,新旭川で宗谷線に合流。ここからは複線・電化されている。
 高架線に上がり,旭川の街の街区に合わせて90度カーブする。16:19,旭川着。

 旭川では16:30発の特急「ライラック34号」に乗り継ぐ。以前は直通していた札幌方面への乗り継ぎなので,同一ホームでの乗り換えの便を図っている。が,動線が良くなかった。「大雪」の自由席はホーム後方にあるのだが,「ライラック」の方は前方なのだ。これではほぼ横付けされている指定席,グリーン車同士の乗り換え客と動線が交わってしまう。
 並んで座れなければ30分後の「ライラック36号」でも良かったのだが,席は確保できた。車輌最後部の席だったのだが,写真を撮りに行っている間に座席の後ろに大きなスーツケースを置かれてしまった。こうなると座席をリクライニングできない。
 「ライラック」の車輌は北海道新幹線の開通で廃止になった本州連絡特急「スーパー白鳥」から転用されたものだ。塗装は黄緑色のまま変わらないようだが,編成ごとに沿線のシンボルを象ったステッカーが貼付される。

あまり便の良くなかった旭川駅での乗り継ぎ
IMG_6725_201708212231445f9.jpg

札幌時計台のステッカーが貼られた特急「ライラック34号」
IMG_6723_20170821222635366.jpg

 上川盆地が収束し,神威古潭の狭窄部を抜けると今度は空知盆地が広がる。風景も割合単調であるし,長旅の倦みも出てきた。
 旭川の時点でかなりの座席を埋めた状態だったので,美唄や岩見沢からの乗客は着席できなかったようだ。繁忙期はどうなるのだろうか。
 札幌市内に入り,平和で千歳線と合流。ここからは複々線になっている。新千歳空港からの快速「エアポート173号」と並んだ。2枚の窓越しに隣りの車内が間近に見えるのはちょっと楽しい。17:55,札幌着。

 札幌からは快速「エアポート」に乗れば新千歳空港まで1本で行かれるが,私たちは18:08発の函館ゆき特急「北斗22号」に乗った。最後まで特急列車の自由席乗り放題の恩典を生かしたかったし,何より快速や普通列車は帰宅ラッシュで大いに混雑していた。あの中にスーツケース持参で乗り込むのは大変だ。
 「北斗」の車輌は「大雪」と同型と見受けられた。自由席は空いていて,ゆったり座れた。函館までは3時間半以上を要するが,南千歳までは2駅33分で着く。
 18:41に南千歳に着くと,空港の向こうに陽が沈むところであった。

特急「北斗22号」で南千歳に到着
IMG_6726_201708212231440fc.jpg

日没間近
IMG_6727.jpg

 南千歳18:54発の快速「エアポート182号」に乗る。ここまで来ると乗客は空港利用者くらいのものなので,ゆったり乗れた。
 4日ぶりに空港ターミナル下の地下駅に降り立ち,テツ旅は終了を迎える。
 四日間の鉄道乗車距離は1209.3キロに達し,新規の乗車区間も合計475.7キロを数えた

 帰路のフライトは21:00発のSKY730便。まだ2時間ほどあるので,各々土産物の購入へ向かう。私はほとんど買わないのだが,やつるぎ君は一気に一万円くらい使ったらしく,大きな袋を抱えてきた。チェックインを済ませて,あとは夕食にする。
 松尾ジンギスカンのフードコート店で,ジンギスカン定食とジンギスカン丼をそれぞれ註文。サッポロクラシックのジョッキは,今回の旅の計画や諸々の予約を担った(いつものことだが…)私をねぎらってやつるぎ君が奢ってくれた。

旅のシメのジンギスカン
IMG_6731_2017082122263404d.jpg

 フライトは到着便遅延のあおりを受けて,20分ほど遅れた。沖止めだったので,機材まではバスで移動した。
 本を読みながらうつらうつらしていると,蒸し暑いであろう東京の夜景が眼下に広がり出していた。
関連記事
スポンサーサイト
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://sagaminomen.blog.fc2.com/tb.php/622-0c59416f

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

さがみぃ

Author:さがみぃ
相州生まれの相州育ちです。
このブログと筆者については,水先案内からご覧いただけます。

トップページ

【PC推奨】行先別INDEX

アクセスカウンター

(平成24年8月22日設置)

検索フォーム

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる