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3日間で1時間だけ陽が射す沖縄旅行(後編)

旅行日:平成29年2月6~8日②
前の記事 3日間で1時間だけ陽が射す沖縄旅行(前編)
 沖縄旅行第二日目。アラームの音に起こされ,期待しながらカーテンを開く。が,どんよりと曇っている。

本日もガッカリなお天気
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 バイキング形式の朝食を済ませ,9時過ぎにホテルを出発。きょうは本島最北端の辺戸岬まで行ってみる予定だが,時間的に余裕がある。なので,まずは沖縄県が初訪問だという坊さんの希望で,美ら海水族館に行く。私も行ったことがなかったのだが,この天気でなかったら行かなくてもいいと思っていた。
 水族館のある海洋博公園まではクルマで5分ほど。
 海に面した公園からは,ぽっこりと中央部が盛り上がった伊江島が見えている。

海の向こうに特徴的な伊江島の城山
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 館内はアジア系の外国人観光客で賑わっていた。入り口で写真を写してもらい,ナマコをつんつんし,一つ一つ展示を見ていく。
 メインともいえるジンベエザメのいる大水槽は後半にあり,圧巻であった。

圧倒的な大きさの水槽
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小魚を従え,悠然と泳ぐジンベエザメ
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水族館の水槽を下から見上げられる通路って,エイ観察用ですよね?
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やっぱりチンアナゴが一番かわいい
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 本部半島をぐるりと回る。昨日から街中や幹線道路ばかりを走ってきたので,ようやく沖縄県らしい造りの家やサトウキビ畑が見られるようになった。
 ワルミ大橋で屋我地島に渡り,さらに古宇利大橋で古宇利島に行ってみる。優美な長い橋であるが,ここも天候が悲しい。

屋我地島から古宇利島と古宇利大橋を望む
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古宇利島で沖縄そばの昼食
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 屋我地大橋を渡って国道58号に折れ,いよいよ辺戸岬へのコースに入る。国道58号は海と山裾の間をゆく。「植生を気にしなければ,直江津と糸魚川の間と変わらなくない?」と言ったら,坊さんが「それ思った」と言ってくれた。
 遠くに伊平屋島と伊是名島が霞んでいる。

 国頭村に入ると,交通量もグッと少なくなり,最果て感がしてくる。

 14時少し前に辺戸岬に到達。高さ20メートル程度の隆起サンゴ礁の崖が波に洗われている。
 海を隔てた島影は鹿児島県の与論島で,距離は約22キロ。建物も見えるほど近く,琉球の三山時代(日本の室町時代)には北山王国に含まれていたし,三山を統一した琉球王国も領有していた。その後の歴史的経緯から県が分かれたため,鹿児島県の果ての島になっている。

崖に押し寄せた波が吹き上げる
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与論島を望む
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隆起サンゴの白っぽい岩の連なりと辺戸御嶽
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 辺戸御嶽を回り込み,奥という集落へ。地形が険しいため,Ω型のルートになっているのが面白い。
 簡易郵便局に寄ってもらい,お金を下ろす。局舎は立派だったが,ATMがないため,窓口でキャッシュカードを使うという珍しい体験をした。

石塀が目立つ奥集落
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 奥集落は奄美大島の古仁屋から渡ってきた国道58号の上陸地点で,これ以降沖縄本島の東海岸は県道70号がメインルートを担う。
 天候も優れず,ダムカードのあるダムを辿りながら南下することになった。まずは辺野喜ダムだが,西海岸の辺野喜集落から入るのが近いので,そこまで国道を引き返した。
 ダム湖から標高の割に山深いヤンバルを抜け,東海岸の我地で県道に出た。二車線幅は確保されているものの,カーブがきつく,かなり迂回をしているので時間が掛かる。
 時計回りに普久川ダム,安波ダム,福地ダム,大保ダムと巡り,東村で国道331号に出る。

上段は辺野喜ダム,普久川ダム,安波ダム,下段は福地ダム,大保ダム
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普久川ダムではケラマツツジという種類のツツジが咲いていた
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大保ダムのぶながや湖にて。ヤンバルの森を象徴するイタジイの樹林
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 東村では雲が切れ,晴れ間が覗き出した。ようやく天候も味方しだしたようだ。しかし,西海岸は断崖が続いて砂浜海岸が少なく,沖縄県らしい海の色はなかなか見られない。

東村の平良湾沿いで,片側交互通行待ち中のヒトコマ
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 ところで,きょうも昼間からの飲酒を賭けて籤を行った。まだ走行距離があるので,「飲める」を2枠,「夕食から飲める」と「飲めない」を1枠ずつ設け,私が車内でアミダ籤を作成した。公平を期すために答えを隠した状態で各人に横棒を書き足してもらい,それぞれの線を辿る。
 結果,「飲める」をはなと坊さんが,「夕食から飲める」を私が引いた。前日に続いて「飲めない」のでーひらさんは,自分の撮っている動画的に美味しい展開なので,悔しがりつつも満更ではないご様子。

 そんなことをしていたのが辺野喜ダムの直下であったのだが,そこから久しくコンビニがなかった。
 私が慶佐次湾のマングローブが見たいと言い,クルマを停めたところ,共同商店があった。
 共同(商)店というのは沖縄県でもヤンバル地域にだけに残る制度で,集落住民の出資による店舗である。道中いくつか見掛け,興味はあったのだが,なかなか入りづらかった。
 入ってみると,なかなか品ぞろえは良く,値段はスーパーとコンビニの間と言ったところ。商品の値段が10円単位になっているのが,私には何より新鮮に映った。
 「飲める」組は意気揚々とオリオンビールを購入し,「飲めない」組はブルーシールアイスで気を紛らわす。

慶佐次共同商店
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湾の両側を背の低いヒルギが埋めている
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足が沢山生えているかのようなメヒルギの根
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波穏やかな内湾に夕陽が反射する
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 晴れたのは一時的で,南下するにつれて再び雲が厚くなる。
 物々しい雰囲気の名護市辺野古で久しぶりのコンビニに寄り,宜野座ICから石川ICまで沖縄道を利用する。西海岸に戻り,陽の暮れた頃,読谷村にある今夜の宿に到着。
 先に入浴を済ませてから,北谷町のアメリカンビレッジまで夕食に出掛ける。

 ブルーシールのレストランに入ったのだが,残念なことにアルコール類の取り扱いはなかった。

沖縄らしいスパムを使ったパスタと,パインソルベのブルーシールアイス
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 食後はイオンで買い出し。「飲める」チームの勧めに従い,ビールを購入し,ホテルに戻るまでの車内で一罐開けておく。
 この夜はビール,発泡酒,ノンアルコールビールによる「第一回チキチキ利きオリオンビール選手権」でスタート。坊さんが「当てにいっていいですか?」宣言からの完答を遂げたものの,他の3人はビールと発泡酒を間違えるという展開。


 最終日は起床予定の8時に誰も起きずに,朝食時間ギリギリに私が慌てて三人を起こすスタート。本日もカーテンの外は曇り空。

 前夜の酒が残り,はなと坊さんは朝食もままならない状態。でーひらさんは健啖ぶりを見せつける。
 気勢が上がらないまま,まずはホテルから近い残波岬へ。岬の西側は堡礁が発達しているが,北側は直接外海に接しており,風景がだいぶ異なっている。

残波岬の灯台
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堡礁のある残波岬の西側
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直接波が打ち付け,荒々しい景観の北側
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 きょうは私の希望の海中道路と,でーひらさんの希望の斎場御嶽を訪れることになっている。
 まずは嘉手納から具志川を経て,与勝半島に出て,海中道路へ。遂に雨が降り出した。クルマを停める気にもならず,平安座島から浜比嘉大橋を渡ったところまで行って引き返した。

浜比嘉島から望む雨模様の浜比嘉大橋
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 引き返して国道329号を東海岸沿いに南下。交通量が多くて流れが悪く,景色も冴えない。
 少し早いが,与那原町にて沖縄そばの昼食。混んでいたが,駐車場のクルマにほとんどレンタカーがいないことに気をよくした。

与那原町の玉屋でソーキそばとじゅーしーを食す
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 雨はひどくなってきたので,斎場御嶽は諦めることに決まった。鉄道好きのメンバーでもあるので,戦前の鉄道に関する施設を見に行くことにした。

 現在の沖縄県では,平成になってから開通したモノレールが唯一の鉄道となっているが,戦前は那覇から放射状に延びる県営鉄道が3路線あり,その1本が与那原まで通じていた。その終着であった与那原駅跡には戦後まで駅舎が残っていたのだが,最近建て替えられ,与那原町立軽便与那原駅舎展示資料館が開館した。

 訪れるまでは「どうして古い建物を壊してしまったんだろう」と思っていたが,展示を見てその事情を理解できた。駅舎は沖縄戦で廃墟同然となったが,壁などが残った。「灰燼に帰した」とかそういう言葉で表せないレベルに破壊されきった与那原の街で,僅かでも原型をとどめたごく僅かな建物だったのだ。
 戦後は二階を建て増しして町役場や農協が利用し,ツギハギで修復されてはきたものの,既に満身創痍だったのだろう。苛烈な沖縄戦からも70年残ってきたことだけでも大変なことだと思う。

往時は街のシンボルであったであろう旧駅舎を再現した資料館
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資料館の裏手に旧駅舎の柱の根元部分が残る
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 中途半端に時間があるので,本島南部をぐるりと回って豊見城市のレンタカー店に向かった。
 給油を済ませて営業所に入る頃には,人を喰ったように薄日が射していた。三日間の走行距離は507キロであった。

 はなは16:40発の便で先に成田へ向かい,坊さんと私は17:10発のSKY518便に搭乗。あと2日間沖縄に残るというでーひらさんに見送られる。

逆光の海面に浮かび上がる渡嘉敷村の慶伊瀬島
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低い雲と高い雲の間の幻想的な眺め
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高雲を抜けると,久しぶりに青空の下に来たような気がした
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 出発から離陸,着陸がスムーズに進み,羽田でも着陸した滑走路がエプロンに近かった。今日中に新潟県に戻る坊さんは,上越新幹線よりも早く帰れる北陸新幹線の最終に間に合いそうだと,荷物を受取ると足早にモノレールの駅を目指した。
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