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九里半街道熊川宿から琵琶湖へ

旅行日:平成28年11月(8~)9~11日⑪
最初の記事 靄立ち昇る紅葉の丹波東部
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 若狭町上中から国道307号に入る。この旅も終わりに近づき,あとは野坂山地を越えて滋賀県に入り,帰途に就くことになる。
 その途中,熊川宿は見ておきたい。古い街並みが残ることで知られる宿場町である。
 古い街並みは国道と並行した旧道沿いに連なり,国道はその裏手を通っている。国道の滋賀県側には道の駅があるが,福井県側にも駐車場があった。

熊川宿の古い街並み
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茅葺きの入母屋屋根をトタン葺きに改めたような家屋
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 いくつもある鯖街道のうち,小浜から近江国今津に到る街道は九里半(くりはん)街道と呼ばれていた。街道の名は小浜から上中,熊川を経て水坂峠を越えて今津までの里程が9里半であったことに由来する。
 古代,若狭国の租税はこの道を通って近江国に輸送され,勝野津(高島市,旧高島町)で琵琶湖の舟運に載せて都へと運ばれた。

 熊川宿は天正17年(1589)頃に浅野長政によって宿駅に指定された。熊川村は九里半街道で日本海側最後の村であり,古くは峠下の大杉という集落があったが,室町時代中期からは少し下った熊川が開発されていた。峠下の集落ということで,宿駅に指定される以前から荷の継ぎ立てで栄えていたらしい。
 長政は当地の諸役を免じ,陣屋を設置して町奉行を置いた。
 小浜藩主酒井氏は土蔵12棟を建て,領地のうち70ケ村の年貢米を納めた。琵琶湖側の湊は木津(高島市,旧新旭町)を経て,江戸期には今津に移っていた。
 しかし,江戸時代中期になって西回り航路(北前船)が開発されると物資の往来は減少し,宿場町としては衰退したという。

峠道であるので家並みは坂の途中にあり,側溝には勢いよく水が流れる
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鯖街道)らしい(?)鯖寿司の供養塔
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古色蒼然たる商店
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ベンガラ色の路地
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 街中は電柱もなくし,舗装の色にも工夫を凝らし,修景に力を入れていることを窺わせた。
 少し入った所には近代建築の若狭鯖街道熊川宿資料館があった。この建物は昭和15年(1940)に建てられた旧熊川村役場であった。

資料館になった旧村役場
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かつての商家,現代の土産物屋が軒を連ねる
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 駐車場に戻ると,山が夕陽を受けていた。紅葉はこの瞬間が一番美しい。
 山の端からは月が昇った。地球と月が接近しており,3日後の14日が68年ぶりのスーパームーンであるという。

夕暮れに輝く紅葉の山に大きな月が昇った
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 水坂峠を越える。分水嶺と境界が一致しておらず,峠の手前で滋賀県に入る。杉山という集落は滋賀県にありながら日本海側に位置する。この辺りは中央分水界がのたうっていて面白い。
 峠の標高は約280メートルだが,現国道はトンネルで抜けている。石田川に沿って琵琶湖へと下る。

高島市内の複雑な谷中分水界(左側が日本海側,右側が太平洋側)
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(地理院地図より/計測ツールで筆者加筆/今回の旅で通ったルート上ではありません)


 今津からは北上するか南下するか,迷うところである。北上すると湖北を回って木之本ICから北陸道に入れる。米原や関ケ原まで一般道で行ってもいい。逆に南下すると,京都東ICから名神が利用できる。
 私は南下ルートを選んだ。往きが名神だったから,帰りは新名神を利用したいという考えからだ。

 琵琶湖西岸には湖西道路という高規格道路があるが,琵琶湖を眺めるべく湖岸に出た。今津で買ったコーヒーを携え,源氏浜という浜辺に立つ。

人気のない琵琶湖の砂浜にてコーヒーブレイク
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 暮れゆく西の山並みを眺めながら,湖西道路を南下。大津方面には行かずに真野ICで下り,琵琶湖大橋に向かう。
 時刻は18時。交通量が増し,流れが悪い箇所もある。
 大橋の手前の道の駅「びわ湖大橋米プラザ」で小休止。もう陽が暮れ,施設もトイレくらいしか開いていないというのに,停める場所を探すのに難儀するくらい混雑していた。

道の駅から望む琵琶湖大橋
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 琵琶湖大橋は有料道路で,普通車150円。大多数のクルマは回数券を使っているようで,スイスイ進む(ETCはなし)。
 真っ直ぐ進んで守山市内を抜ける。国道8号と交差する辻という交差点がひどく渋滞していた。その先で国道1号に折れる。こちらは甲西から水口にかけて断続的に渋滞しており,栗東ICから高速を使えばよかったと後悔した。

 19:42,滋賀県最後の甲賀土山ICで新名神に入る。すぐに鈴鹿トンネルで三重県となる。
 新名神は亀山と四日市の間が未開通なので,鈴鹿トンネルを抜けた辺りから亀山JCTの先までひたすらジャンクションを走っているような感じがした。ボトルネックの東名阪は混んでおらず,スムーズに伊勢湾岸道に移る。
 名港トリトンの夜景が美しかったが,一人の運転では撮影のしようがない。
 刈谷PAで休憩。ハイウェイオアシスを併設したエリアで,一度寄ってみたかった。

観覧車まである刈谷PAのハイウェイオアシス
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 ここからはひたすら新東名であるが,燃料の残量が気になってきた。新東名のキロポストは開通予定の海老名南JCTを起点としてるので,海老名まで行く私にとっては残燃料の計算のためにありがたかったが,なかなか際どそうだ。
 ガス欠を気にしながらゆっくり走るのも精神衛生上好ましくないので,藤枝PAで休憩ののち,駿河湾沼津SAで5リットルだけ給油しておく。単価は134円であった。

 御殿場附近で0時を回り,圏央道海老名IC通過0:46。中井PA辺りで時間調整して深夜割引の適用を待つつもりだったが,そんな必要がないくらいに予定よりも遅れていた。

 最後に自宅近所にて満タンまで給油。こちらは単価114円で,綾部よりも9円,新東名よりも20円安かった。
 1時過ぎに帰投。三日間の走行距離は1507.6キロ。トータル63.32リットルのガソリンを消費したので,全区間の平均燃費は23.8キロ/リットルであった。

 高速走行は往きよりも帰りの方がキツいだろうと思っていたが,案外帰りの方が楽に感じた。往きは降雨でワイパーを使うがツラかったからだろうか。
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