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中部縦貫ドライブI(前) 遠州二俣~秋葉神社~天竜スーパー林道~山住神社~兵越峠

旅行日:平成27年10月29・30日①
 つい三週間ほど前に対馬に行ったばかりだが,また旅行に出掛ける。本当はでーひらさん,やつるぎ君と東北に行くため,11月に休みを押さえていたのだが,仕事の関係で休めなくなってしまった。代替で10月末に三連休が降って湧いた。
 紅葉が進むこの時季,出掛けない訳にはいかない。

 行きたい場所は無数にあるのだが,天気予報をチェックして,直前に行き先を中部地方に決めた。ホテルは長野県伊那市に予約した。


 7時少し前に東名の厚木ICを通過する。順調に下り,休憩は新東名静岡SA。上下の本線をくぐるアプローチが長く,施設はあまり充実しているとは言えなかった。
 9時過ぎに森掛川ICで降りたが,後の行程からすると次の浜松浜北ICまで行ってしまった方が良かった。
 天竜浜名湖鉄道線に沿った主要地方道40号を走り,天竜川の谷口集落である二俣に到る。ここからいよいよ北上を開始し,中部縦断が始まる。

 まずは国道362号を犬居へ。現在は浜松市天竜区内になっている旧春野町の中心集落である。
 気田川を渡って秋葉神社の下社に参拝する。

澄んだ気田川の流れを渡る
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気田川には平行弦プラットトラス橋が架かる。銘板によれば大正15年6月架設
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秋葉神社下社
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 気田川に沿う県道286号を下る。嵌入蛇行しているので,直線距離の割にだいぶ遠回りしている。
 この川は天竜川に合するが,私は谷には落ち着かず,天竜スーパー林道を登って行く。標高74メートルの雲名橋から約800メートルの秋葉山の山頂近くまで一気に登攀する。
 秋葉山には秋葉神社の上社があり,往来が多かった。だだっ広い駐車場にもクルマが結構停まっている。

 神社は駐車場から徒歩15分ほどの距離にあって,よく整備された石段を交えた参道を歩く。木立ちから鳥の啼く声がしている。
 附近で伐採された木材で造られたという神門をくぐる。秋葉山では早くも15世紀から植林活動が行われていたという。
 境内を進むと,黄金の鳥居がある。正面は開けており,遠州灘をも望む。

秋葉神社といえば常夜灯
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参道を進み,神門をくぐる
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黄金の鳥居と非常に眺めの良い境内
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鳥居にモミジを発見。「“秋”“葉”」とは今の季節に相応しい
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三方原と磐田原の間を遠州灘へと流れる天竜川
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 秋葉山を開いたのは行基で,養老2年(718)のこととされる。祭神は大己貴命であるが,ここではその守護神である三尺坊権現の方が主役である。三尺坊権現の利益は弓箭刀杖の難除けと出火類焼の難を逃れることとされている。
 戦国時代には徳川家康,次いで武田勝頼に寺領を安堵されるが,勝頼が遠江に侵攻した際に兵火にあって境内の大部分を焼失した。
 貞享2年(1658)に遠江国では「秋葉祭」と唱える熱狂的な信仰活動が起き,秋葉山の神輿を担いて東西に走り出し,人々は村から村へと神輿を継ぎ送った。これは遠江国周知郡下村(袋井市)の春日明神神社の近隣で火災が起こった際に,神主が秋葉三尺坊権現に祈念したところ,類焼を免れたことが発端で,神輿は東は駿河国藤枝,西は伊勢国亀山にまで達したという。「秋葉祭」は幕府によって止められたが,この出来事がきっかけとなって,「火伏の神」として多くの参詣者を集めるようになった。
 江戸時代までは秋葉権現と秋葉寺に分かれていたが,明治6年(1873)に浜松県令(現在の県知事にあたる)の指示で秋葉権現を秋葉神社とし,秋葉寺は廃寺となった(のちに再興)。

秋葉神社本殿
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 天竜スーパー林道を北へと走らせる。道は稜線に近いところを通り,時々眺望が開ける。この尾根道はかつて秋葉ツルネと呼ばれた道で,修験者たちが信濃国戸隠や越後国栃尾とを行き来したという。木々も色づいてきた。
 が,カーブが連続して見通しはあまり良くないし,細かい落石が見られた。林道自体は全長52.9キロで,気の遠くなる長さだ。
 秋葉神社から約30キロ走って,山住峠に到る。ここで峠を越える県道389号とクロスする。林道は水窪ダムまでもう15キロほど続くが,私は水窪市街へ下る。

植林の森の中,色づく一劃
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パラグライダーの離陸場所から気田川の谷を見下ろす
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中央アルプスの山々を遠望する天竜の森駐車場。左端は御嶽だろうか
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山住峠では紅葉はあらかた終了していた
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 山住峠には山住神社が鎮座しているので,立ち寄って参拝しておく。
縁起によると,山住神社は和銅2年(709)に伊予国大三島の大山祗神社より勧請されて創建されたという。祭神は大山祗命。近くに集落などない山深い神社であったが,社殿は立派であった。
 境内に2本聳える杉の巨木は,伊勢湾台風で折れた部分の年輪から樹齢1,300年と推定され,神社創建時に植えられた神木であると言われている。

山住神社の社殿
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スギの巨木から陽が射し込む
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 峠から標高にして約800メートルを一気に駆け下り,JR飯田線の向市場駅近くで国道152号に合する。
 天竜川の谷に国道と鉄道が通り,水窪の集落がある。水窪はこの辺りでは大きな街であるはずだが,あまり活気がなく,学校や警察,消防署や郵便局など公共の機関が結集していることに辛うじて中心性を感じることができた。

山住峠から水窪へ。薄っぺらいトンネルをくぐる
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 飯田線が天竜川本流を目指して山越えのトンネルに針路をとると,谷には国道だけが残される。
 広いとは言えない路が続き,青崩峠への道が分岐する。国道152号は青崩峠を通るのだが,峠の前後の区間の車道が開通していない。
 分岐点の先で突然高規格になり,草木トンネルに進入する。草木トンネルは三遠南信道の一部として先行して建設されたのだが,その後の計画変更で三遠南信道はこのトンネルを通らないことになった。計画変更後の新ルートは青崩峠にトンネルを穿つという。

高規格な草木トンネルへのアプローチ,谷沿いの細々とした国道152号
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 草木トンネルはS字カーブを描き,中央構造線と直交している。一般道に格下げされた際に歩道を設けたため,車道幅が狭まり,時速50キロ制限がかかる。歩行者はおろか,行き合うクルマも皆無だ。
 トンネルの先はヒョー越林道となり,道路規格はガタ落ちする。青崩峠が通れないため,この林道が迂回路となっている。
 標高約1,150メートルの兵越峠で静岡県浜松市から長野県飯田市に入る。
次の記事 中部縦貫ドライブI(中) 兵越峠~下栗の里~しらびそ高原~伊那市
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