FC2ブログ

Entries

斜陽から落日まで―浦富海岸

旅行日:平成27年5月(13~)14~17日③
前の記事 北但馬をゆく―城崎温泉,余部橋梁,浜坂
 浜坂から乗った列車を岩美で下車する。時刻は16:40で,だいぶ陽が傾いてきたが,日没まではまだ2時間ほどある。
IMG_5770.jpg

 岩美で下車した目的は断崖や奇岩が連なるという浦富(うらどめ)海岸を見物するためである。
 駅からバスで浦富海岸停留所まで行けばいいだろうと考えていたのだが,観光案内所で訊ねてみると,その辺りは砂浜海岸であって,そこでは目的の景観とは出合えないことが判った。
 観光案内所に詰めていたのは若い女性のスタッフで,浦富海岸にはあまり行ったことがないという。彼女が「私は読めない」と言うバスの時刻表を見せてもらい,ああでもない,こうでもないと思案し,17:10発の鳥取駅前ゆきに乗り込んだ。

 バスは岩井温泉の先,蕪島からの便で,全区間を乗り通せば1時間半近くかかる中距離路線であった。乗降調査をしていたが,乗客は他にいなかった。
 私よりも社員の方が多いバスは内陸部の国道を走る。15分ほど乗って,網代というバス停で下車する。網代は蒲生川河口の港町で,大きな集魚灯をぶら提げたイカ釣り船やその他小舟が何艘も舫われていた。
IMG_5771.jpg

 私の考えた散策プランはこうである。
 網代集落から浦富集落にかけての浦富西海岸は浦富海岸のハイライトで,県道が通っているものの,バス路線は杜切れている。この間は3キロほどであり,散策路も整備されている。
 17:25に網代に着き,3キロの道程を田後(たじり)という浦富の手前の集落まで歩けば,18:37発の町営バスで岩美駅に戻ることができる。無理のないプランだと思うが,岩美駅で59分も列車を待たねばならないのは気に掛かる。

 港から階段を登って,散策を始める。
 思ったよりも長い登りで,網代集落を見下ろすようになる。石州瓦の赤茶色が谷を埋めている。早速,断崖の上に出た。
IMG_5773.jpg

 穴を穿たれた岩がある。千貫松島というらしい。
 一本だけ生えたマツが風流であるが,これを見た二代目鳥取藩主の池田綱清が「千貫出しても惜しくない松だ」と言ったことに由来するという。マツは代替わりしているとのこと。
IMG_5774_2015052508483338a.jpg

 浦富海岸のうち,今いる西海岸は花崗岩からなる。日本列島がまだ大陸の一部であった第三紀の頃,地下深くのマグマが固まったものだ。その後の地殻変動によって日本海に面した場所に露出し,海蝕を受けるようになった。
IMG_5780.jpg

 海の向こうに白っぽい高まりが見える。約7キロ南西に位置する鳥取砂丘である。
IMG_5781_20150526020659e41.jpg

 西日を受け,海,波,岩壁,松のコントラストが際立つ。西側は逆光著しいが,いい時間に来たものだ。
IMG_5783_201505260206582ee.jpg

 散策路はアップダウンが著しい。だいぶ海に近づいたといえど,陽の力は衰えずに私を照らしている。豊岡以来,Tシャツ一枚の薄着をしているが,汗が流れる。
 上のカットに灯台が写っているが,10分の上り下りで辿り着いた。白いタイル張りの網代灯台だ。
IMG_5789_201505260206586e2.jpg

 浦富海岸は三角錐形をした岩々に特徴づけられる。
 これらは地下深くで形成された花崗岩が圧力によって斜め方向の割れ目が入ったためである。そのため,同一方向の面を向いている。海に向かって岩が小さくなるのは,波の受け方によるのだろうが,その秩序性が美しい。
IMG_5791.jpg

 今度はだいぶ下ってきた。斜陽に照らし出された岩肌は陰影に富む。花崗岩は白っぽい色をしているから,猶更だ。
IMG_5795_20150526020657d06.jpg

 砂浜に出た。
 花崗岩が波に砕かれ,石英砂となって堆積したのであろう。白い砂浜であった。
IMG_5799_201505260237356fb.jpg

 波打際には流木が転がっていた。
 潮の満ちる時間にあたったらしく,そのうちに波に飲まれて攫われていった。
IMG_5808.jpg

 太陽は水平線に近づき,赤みを増してきた。
IMG_5816_20150526023735410.jpg

 崖を削った遊歩道を進み,再び高みに上がる。鬱蒼とした森の中までは陽が届かなくなり,薄暗い。
 思った以上に急峻な道程で,田後を出るバスの時刻は過ぎてしまった。18:37発のあと,19:32発の最終便もあることだし,日没を待つことを決めた。きょうの日の入りは19時丁度となっている。

 森を抜けると網代集落以来,はじめて人と出会った。夕陽に向かってカメラを構えている。見晴らしの良さそうな大きな岩が2つあるが,いずれも先客がある。
 日没まであと20分。もう少し,進んでみよう。
IMG_5820.jpg

 砂浜を歩いて,階段を上がる。真新しい木製の階段の下には古い石段が見え,最近再整備されたのだろう。1時間半ぶりに車道に出た。
 東の岩礁が赤く染まる。
IMG_5821.jpg

 18:48,道の膨らみにベンチを見つけた。ここに腰を据えることを決めた。
IMG_5825_20150526032847db8.jpg

 18:56,太陽が水平線に接近する。もうあの強烈な光芒はない。
IMG_5835_20150526032846020.jpg

 18:57,太陽の下部が水平線にかかりだした。しかし,そこに僅かな間隙を生じる。水平線とぴったり重なるものではないようだ。
IMG_5837.jpg

 手前は菜種五島の景勝地であるが,日影では見栄えがしない。
IMG_5838.jpg

 18:59,半分以上が水平線下に没した。写真を並べたのでは伝わりづらいだろうが,目に見える速さでその姿を隠していく。「日が沈む」とはこういうことを言うのだなと思った。
IMG_5844.jpg

 そして,完全に見えなくなった。時間を確認すると,知らされていた通りの19時丁度である。

 少しだけ余韻に浸り,田後に向けて歩き出す。が,道を間違えて集落の上の高台を通り過ぎるルートに入ってしまった。小型バスと擦れ違う。このバスが折り返し田後19:32発の最終便になるのだろう。

 19:20。薄暗くなってきた。
IMG_5847.jpg


 しかし,私のアテは外れた。田後集落からの道の合流点が近づいた時,そちらから小型バスが出てきたのだ。
 時刻は19:32になっていない。こんな時間にムラからマチへ行く人などおらず,さっさと発車してしまったのだろうか。

 スマートフォンで『地理院地図』を開き,距離を計測してみる。駅までは3キロもある。19:48発の列車に乗るためには24分で歩き切らねばならない。

 あとはひたすら歩いた。空気はひんやりしてきたが,自分の熱量と相殺されてしまう。
 山陰道の建設現場を過ぎ,岩美の市街地に入る。中規模なスーパーがあり,コンビニもある。できればビール,せめて水でも欲しいところであるが,今はその時間さえもない。
 と,町営バスの小さな車体が私を追い抜いて行った。やはり別の便があったのだ。

 最後は走り,国道を駅前通りへと折れる。あと2分。
 明々と電灯が点る駅舎に飛び込む。まだ列車は来ていない。ペースを落として跨線橋を渡る。

 こんなときにはよくあることだが,列車は2分遅れていた。

 無人に近い車内の窓を開け,火照った身体を冷やす。夜気が心地よい。鳥取までは3駅であるが,24分も掛かる。特に福部から鳥取までの間は11.2キロも駅がなく,13分も要する。

 建ち並ぶビルが近づき,高架線に上がる。高いビルもないし,まばらではあるが,豊岡以来大きな街を見なかった目には大都市に映る。
 20:12過ぎ,終点の鳥取に着いた。
IMG_5850_20150526033932346.jpg

 今夜は鳥取温泉に泊まる。旅館とビジネスホテルの中間といった宿であった。
 ひとまずビールを一罐空け,軽い酔いを感じながら温泉に浸かった。広い浴室には私の他に誰もいなかった。
次の記事 朝一番の鳥取砂丘
関連記事
スポンサーサイト
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://sagaminomen.blog.fc2.com/tb.php/404-82c1ac6d

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

さがみぃ

Author:さがみぃ
相州生まれの相州育ちです。
このブログと筆者については,水先案内からご覧いただけます。

トップページ

【PC推奨】行先別INDEX

アクセスカウンター

(平成24年8月22日設置)

検索フォーム

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる