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北但馬をゆく―城崎温泉,余部橋梁,浜坂

旅行日:平成27年5月(12~)13~16日②
前の記事 豊岡サイクリング―玄武洞,コウノトリ,市街地の街並み
 豊岡を離れた列車は,滔々と流れる円山川に沿って下っていく。途中,対岸に玄武洞の露頭が見えた。
 次の目的地は鳥取県に入った岩美町であるが,列車は県境を越えない香住止まりである。何も点と点を繋ぐように目的地間を急ぐだけが旅ではないので,途中下車を楽しもう。
 二つ目の城崎温泉で下車。
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 城崎は言わずと知れた温泉地で,平安時代には既に都人の逗留の記録があるという。「足を傷めた鴻が毎日同じ沼地に降り立ち,傷を治していた。それを見た農夫が温泉を発見した」という伝承もある。そんな言い伝えにも,この地域のコウノトリとの結びつきが示されていて面白い。

 駅から線路と平行する道を歩けば,ものの数分で大谿川に沿った温泉街に出る。両岸にヤナギの並木が続く,城崎を象徴する景観だ。
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 長い歴史を有する城崎温泉であるが,現在の街並みが整えられたのは昭和初期のことである。
 前項でも触れたが,この地域は大正14年に北但地震に襲われた。城崎の温泉旅館や外湯の多くは倒壊,焼失し,283人の死者を出した。『城の崎にて』を私は読んでいないが,執筆した志賀直哉が城崎に逗留したのは大正2年のことなので,街の様子などは大きく変わっているのだろう。
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 復興にあたっては,大谿川沿いに玄武洞の玄武岩を積み,護岸が整備された。
 川にいくつも橋が架かっているが,これも同時期に架けられたものだ。意匠を同一にしているので,全体として統一感が強く,街並み全体に落ち着きを与えている。
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 城崎温泉と云えば外湯めぐりで知られるが,次の列車まで45分しかない中では難しかった。
 駅に戻り,14:57発の浜坂ゆきに乗車する。古いディーゼルカーには冷房の他に扇風機が残っており,暑い日にはありがたい。乗客は少ない。
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 城崎温泉を発車した列車は,左に大きくカーブし,円山川から離れる。鋳物師戻峠という曰くありげな名前の峠を越え,竹野に到る。竹野は北前船の寄港地だった港町で,これまで内陸部を走ってきた山陰線はここから山陰海岸に沿うようになる。
 そういえば,発車前,車内アナウンスは「次の竹野を出ますと,日本海は右手に見えてまいります。なお,本日は最高気温30度の予報となっておりますので,左側の方はブラインドをお閉め下さい」と言っていた。左右で随分と差があるものだ。

 その竹野を出発すると,予告通り日本海が現われた。竹野浜は白砂のビーチで,淡い青さの浅瀬と濃い青さの沖合の海の色の変化が美しい。岬の崖に穴が開いているのが見えるが,淀洞門といって,断層活動と海蝕によるものだという。
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 山陰海岸に沿うとはいっても,リアス式海岸が続くので,海が見える区間は多くない。トンネルが多く,少し内陸部に入ったりする。
 この区間の車窓の白眉は余部橋梁であろう。鎧駅の先でトンネルを4つ抜けると,速度を落とした列車は空中へと出る。
 この橋梁は地上から高さ約40メートルの位置にあって,日本海を一望できる。有名だった無骨なトレッスル橋はもうなく,現在はスマートなエクストラドーズド橋に架け替えられている。
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 初夏の海の青さは素晴らしいが,風除けのアクリル板が少し気になる。
 旧橋梁では強風に煽られて列車が転落するという事故が起きていて,以来厳しい風速規制でしばしば運行が中止されてきた。この風除けなどの安全対策により,運休の回数は減少したという。
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 余部から浜坂にかけては,断崖絶壁の但馬御火浦(みほのうら)という山陰海岸のハイライトが続く。しかし,鉄道が敷けるような余地はなく,内陸の僅かな平野を選んで進む。

 終点の浜坂には15:52に着いた。ここで鳥取ゆきに乗り換えるのだが,接続は今一つで,27分後となっている。
 待っているのも勿体ないから,改札を出てみよう。
 浜坂は岸田川河口の港町で,ここも北前船の寄港地であった。街は広くない段丘の上に広がる。
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 段丘の端から坂を下っていくと,段丘崖に沿って水路が続いていた。味原川という小さな川で,石垣と相俟って,城の濠のようにも見える。
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 現在は水量は少ない味原川であるが,かつては舟が入ってきていたのだろう。水路へと下る裏口の石段がある邸宅を見つけた。
 江戸時代以降,浜坂では縫い針製造が盛んになった。北前船によって出雲から運ばれてくる鉄を加工することに始まり,昭和20年代に衰退するまで小さな工場が多数あったという。
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 浅い流れとなった水路には土砂が堆積し,所々に小さなカニの姿が見られた。私が歩くと,素早い動きで石垣の隙間へと隠れた。
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 この浜坂という街,現在は新温泉町という自治体に属する。浜坂町の合併相手が温泉町だったためだが,どうも漠然とした名前だ。ちなみに,温泉町の方は奈良時代からの郷名からきている。町内にある湯村温泉が古くから知られているということの一つの証左になりそうだ。
 水路には木橋がいくつも架かり,カキツバタが花をつけていた。
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 見るところはもっとあるのだろうが,時間が来て駅に戻った。
 次に乗る鳥取ゆきの列車は,新型のディーゼルカーの単行であった。高校生の帰宅時間にかかった筈だが,彼ら彼女らの姿はなく,今度も空いている。
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 浜坂から2つ目の居組という駅を発車すると,陸上(くがみ)トンネルに入る。このトンネル内で兵庫県から鳥取県に入る。
次の記事 斜陽から落日まで―浦富海岸
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