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上州三波川の冬桜から田口峠を越えて晩秋の信州佐久へドライブ

旅行日:平成29年11月9日

 10月は雨の日が多く,なかなか出掛けられなかったが,11月に入るとようやく晴れる日が増えてきた。前週に西沢渓谷に行ったばかりだが,また出掛けてきた。今度は群馬県・長野県方面。

 いつも通り5時半出発で,7時過ぎに入間ICから圏央道に入る。今回は花園ICまで。
 国道254号で関東平野の縁をなぞって児玉(本庄市)を経て群馬県に入る。鬼石(藤岡市)から少し関東山地に入ったところに桜山公園がある。変成岩の三波石の産地なので,石材店が多い。県道からさらに5キロくらいの道程は結構な登りだった。

高坂SAからは富士山が見えた。右は方角的に武蔵御岳山?
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 公園の入り口で駐車料金を払いながら尋ねると,サクラはまだあまり咲いていないが,下の方に行けば見られるとのこと。道沿いに植えられたふつうのサクラの並木はもう葉を落としている。
 クルマを停めて,桜山の山頂まで歩く。標高は591メートルだが,駐車場からの比高は大したことない。

 陽射しが暖かかったので上着をクルマに置いてきたが,これは失敗であった。きょうは北風が強く,尾根の北側では冷たい強い風にさらされる。南側はぽかぽかしていて,じっとしていても寒くはない。

関東平野を見はるかす
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神流川の谷口集落である鬼石
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 肝腎の冬桜の方は,やはりまだ花が少なかった。もっとも,この種類は樹の全体が花で覆われるような咲き方をしないように思われる。ウメに近い咲き様だ。花は年に2度咲くが,冬の花は散ることなくしぼみ,実もならないそうだ。
 もともと虚空蔵山と呼ばれていた桜山にサクラが植えられたのは日露戦争の勝利を記念してのことであった。1,000本の桜木は植木の生産がさかんな埼玉県安行村(川口市)で購入したものだという。昭和12年に国の天然記念物に登録された際には344本が冬桜だったというから,導入されたすべてが二度咲きした訳ではないようだ。
 戦後には山火事に遭って桜山のサクラの大半が焼けたが,熱心な住民が育てていた苗木から復活させたそうだ。現在は約7,000本あるとのこと。

小さな花を点々とつけた冬桜
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サクラよりも見頃な紅葉
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東西の御荷鉾山を背景に
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かなり標高のたかいところにある日向という集落
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植林ばかりの三波川の谷を見下ろす
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 山を下り,神流川の谷に分け入る。下久保ダムのダム湖が長く続き,それが尽きると神流町,さらに上流には上野村が待ち構える。上野村役場の近くでは前日にヘリコプターの墜落事故があり,現場を望む国道の橋の上にはテレビカメラが詰めていた。

神流湖沿いの坂原という集落にて
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立ち寄った神流町の塩沢ダムの紅葉
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 上野村からは長い湯の沢トンネルを抜けて南牧村へエスケープ。群馬県には南牧村(なんもくむら),長野県には南牧村(みなみまきむら)があり,しかも互いに近いのでちょっと紛らわしい。道中は終始紅葉が見頃だった。

南牧村の峻険な桧沢岳
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県道がS字カーブで下る桧沢集落
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大仁田ダム近くでは烏帽子岳を望む
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 南牧村からは田口峠を越えて,長野県の佐久地方を目指す。地図上の道は曲がりくねっており,そこから想像される通りの細く険しい道であった。
 意外だったのは県境の位置で,峠の手前にあった。県境と峠の間には佐久市(旧臼田町)に属する広川原集落があって,南牧川支流の馬坂川沿い―すなわち利根川水系である。長野県は信濃川,関川,姫川,木曽川,矢作川,天竜川,富士川水系だけではないのだ。
 そういう事情もあってか,田口峠は冬季閉鎖が行われない。

谷間で長野県に入る (停車して撮影)
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 群馬県内はとにかく道幅が狭く,長野県内は曲折がひどかった。
 道中1台のクルマとも擦れ違わなかったが,峠のトンネルの手前で停まっているときに1台追い抜いて行った。標高1,100メートルの日陰は寒い。
 峠の西側は葉を落として雪を待つばかりのカラマツの樹林だったが,標高が下がると紅葉が復活した。碓氷峠も内山峠もそうだが,群馬県側は急峻でも長野県側は緩やかだ。

田口峠のカラマツと南牧村の立岩
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湯川の段丘の縁から蓼科山を望む
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 きょうは浅間山がよく見えているので,広域農道の千曲ビューラインを走る。深い谷を刻む千曲川を渡り,一気に坂を登って御牧原へと上がるダイナミックな線形だ。ペースが速いので,なかなか停まれない。
 東御市に入った辺りで小公園にクルマを停めて,道端から刈り取られた田んぼを前景に撮影。
 それを見てか後からカメラを持ったおっさんがやって来たのだが,おもむろに圃場に入り込んで撮影し始めたのには呆れた。

稲わらを干している場所で
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夕陽に照らされた赤い山並み
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浅間山と黒斑山によく実をつけたカキの樹を入れて
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 少し引き返し,みまき大池にも寄る。御牧原は火砕流による台地で,高燥なために溜め池が多い。みまき大池もその一つであるが,非灌漑期のため水は抜かれていた。特に高台に位置するので,北の浅間山,南の蓼科山,東の佐久平の眺望が良い。

みまき大池の堤の上から
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浅間山から佐久平までのダイナミックな眺め
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千曲川に架かる小諸大橋より
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 陽が暮れたので,温泉に寄って帰る。小諸市の「御牧乃湯」とで迷ったのだが,帰路のことも考えて佐久市(旧浅科村)の「穂乃香の湯」にした。
 施設にはややくたびれを感じたが,入浴料は500円と安かった。入浴客は地元の方が大半らしく,外湯はガラガラだった。広い露天風呂はほとんど貸し切り状態だったが,顔が寒かった。

穂乃香の湯
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 穂乃香の湯を18時丁度に出発。ナビは国道254号経由を強硬に主張していたが,往路とコースがかぶるので国道141号と20号を使って山梨県を抜ける。途中,野辺山原では気温が氷点下2度まで低下した。クルマを降りてみると確かに寒かったが,星空がきれいだった。
 20時頃に韮崎,21時過ぎには笹子峠を越えて初狩に到り,相模湖駅前,三ケ木,妻田のルートで23時過ぎに帰投。
 走行距離は486.9キロ,平均燃費は22.0キロ/リットルであった。

福江島ドライブ(3) 鬼岳と鐙瀬熔岩海岸/フェリーで中通島へ(五島への旅7)

旅行日:平成29年10月16~19日⑦

最初の記事 博多の街を小散策―櫛田神社,東長寺など
前の記事 福江島ドライブ(2) 城岳,三井楽,玉之浦湾と大瀬崎

 五島への旅,第三日目。福江で朝を迎えた。
 きょうは11時半にレンタカーを返却し,11:45発のフェリーで中通島へ渡る。それまでに昨日残した福江島南東部などを回っておこう。

 8時頃にホテルを発ち,国道を岐宿へ。昨日は堂浦を回ったために通らなかったルートだが,こちらだとあっという間だった。海は満潮時刻で,岐宿湾は干潮だった昨日とはまったく景色が違った。
 岐宿で県道31号に折れて南下すると,楠原教会がある。

きのうは干潟になっていた入り江
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 楠原教会は明治45年竣工の煉瓦造りの教会堂で,一見すると同じゴシック様式の堂崎天主堂と似ている。が,左右の屋根の形状や正面のステンドグラスの形などに違いがある。
 設計は昨日訪れた水ノ浦教会など多くの教会建築を手掛けた鉄川与助。昭和43年に大規模補修を受けているというが,もとの造りをよく残しているのではないかと思う。

煉瓦造りの楠原教会堂
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ややサイド気味からのカット。白い部分は漆喰塗り?
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 鰐川を遡るように南下して行くと,小盆地が開ける。田畑の広がるとりとめのない景色だけれど,海沿いだけを走っていては識ることがなかっただろう。
 朝から薄暗かったが,とうとう本格的な雨になった。

田園地帯の向こうに聳える七ツ岳
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 谷間に耕作放棄地が目立つ暗い森を抜けていくと,富江の近くで県道49号に出る。ここから小泊までは昨日も通った。
 小泊を過ぎて初めての道になると,左手には端正な形の鬼岳が霞みながらも姿を現した。樹のないこの山は非常に目立ち,フェリーで福江港に入港する際にも目についた。
 鐙瀬のビジターセンターに行こうと畑の中を下るも,小さな漁港に出てしまう。ナビのピンを落とす位置が間違っているらしい。それにしても,海辺は白っぽい色と岩と黒っぽい色の岩が磯をなしている独特な景観だ。
 ちなみに鐙瀬は「あぶんぜ」と訓む。

鐙瀬の漁港にて
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 遠回りして鐙瀬ビジターセンターへ。見学者は他に誰もいなかった。

 五島は大陸の一部が切り離された島であるが,2000万年前頃から火山活動によって拡大し,後年の海面上昇で縮小して現在のようなリアス式海岸の群島になった。五島の火山活動はほとんど爆発を伴わずに粘り気の少ない熔岩を流すハワイ式噴火であった。
 福江島の南西部には鬼岳をはじめとした6つの火山からなる鬼岳火山群がある。これらはハワイ式噴火が造る裾野の長い火山で,海進によって下部が水没したため,沖合まで浅海が続いているという。
 波に洗われる附近は波蝕されて玄武岩質の黒っぽい色の熔岩が露出し,景観を特徴づけている。

海辺の展望台から望む鬼岳
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鐙瀬の熔岩海岸
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 半島をぐるりと回り,福江の近くから鬼岳の中腹まで登る。
 鬼岳は前述のような火山活動によって形成された火砕丘で,標高は315メートル。半円形の火口がきれいに残っている。火山活動では粘り気の少ない熔岩が飛び散ったため,珍しい「火山涙」が採取できるそうだ。

 駐車場から階段を登って見晴らしの良いところまで行ってみたが,雨が吹き付けるばかりであった。東屋の下で雨宿りしながら,眼下の五島つばき空港(福江空港)から小型機が飛び立つのを見送る。滑走路の半分も使わずに飛び立ったプロペラ機はすぐさま雲に潜り込んで,あとには旋回する機のプロペラ音が長く残った。
 福江の街も雲に見え隠れしている。晴れていれば周辺の島々も望めてさぞ眺望絶佳なのであろう。

草に覆われた鬼岳
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五島つばき空港を飛び立った長崎空港ゆきのオリエンタルブリッジ機
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雲煙の中の福江の街と港
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 街に戻ると少しだけ時間に余裕があるので,最後に福江教会を訪れる。
 島の中心地である福江での教会建立は意外と遅く,明治43年頃に公立病院の一劃を購入して創建されたという。現在の福江教会は昭和37年4月に竣工したが,それから約半年後に福江大火に見舞われた。中心部604戸3,936人が被災(死者はゼロ)する大災害であったが,教会堂は災禍を逃れたそうだ。

街中の大きな福江教会
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 あとは給油してレンタカーを返す。レギュラーガソリンは1リットル当たり154円と非常に高かった。こういうところに離島を感じる。
 走行距離は214.6キロ,平均燃費は20.2キロ/リットルであった。
 レンタカー会社の方に福江港フェリーターミナルまで送っていただき,11:45発の九州商船フェリーで中通島奈良尾に渡る。約1時間半の乗船だが,運賃は740円(うち40円は燃料価格変動調整金)と安い。
 乗船前に昼食を摂る積もりだったのだが,食欲がなかったので抜いたら後悔することになった。

福江港から九州商船のフェリーに乗船
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 雨は上がったので,甲板で景色を眺めて過ごすことにする。乗客は62名とのこと。
 この便は長崎港を8:05に出て,福江,奈留,奈良尾を経て16:05に長崎に戻る三角形の航路を辿る。島の多い海域なので,大小の島が次々に現れる。

屋根尾島の前面で小型フェリーと離合
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 左手に久賀島を見ながら,40分ほどで奈留島港に入る。慎重に岩壁に接近し,船員がロープを投げ,地上の係員が走ってビットに引っ掛け,船の機械がたわんだロープを素早く巻き上げる。見ている方は楽しいが,大変な労働だ。
 下船客は意外と多く,3,40人は降りていった。日に一便だけの長崎直行便だからだろうか。奈留島には名建築とされる江上天主堂があるが,今回は訪れることができなかった。
 福江からの船便は日に数便あるし,博多港からの「太古」も寄港するので,上陸難易度はそれほど高くない。

奈留島が近づく
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奈留島港に入津
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 奈留島からの乗船客は15人ほどであったので,船内はガラガラになった。
 出航すると,前島との間の狭い瀬戸を抜ける。本当に到達難易度が高いのは,こういう離島の離島だろう。

奈留島(左)と前島(右)の間の瀬戸に入って行く
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なかなか岸に近いところを航行する
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 奈留島から奈良尾までは約50分。周りを島に囲まれてはいるが,やや波は高い。私は三半規管が強い方だが,少し気分が悪くなってきた。やはり空腹で乗船したのは良くなかったようだ。
 若松島,椛島などの有人島が現われ,中通島南端の佐尾崎を回る。断崖が続き,島はあるのに取り付く島もないような地形だ。しばらく進むと人家が見え,港が近づいてきた。

ストライプ模様の地層を露出させた島
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採石場によって中央部が削られた椛島
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中通島が見えてきた
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中通島南端の佐尾崎をまわる
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奈良尾港に入る
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 私とともに奈良尾港で下船した客は少なかった。奈良尾の街も小さそうで,前途が不安になる。が,入れ替わりの乗船客はたくさん並んでいた。

次の記事 

福江島ドライブ(2) 城岳,三井楽,玉之浦湾と大瀬崎(五島への旅6)

旅行日:平成29年10月16~19日⑥

最初の記事 博多の街を小散策―櫛田神社,東長寺など
前の記事 福江島ドライブ(1) 奥浦湾と堂崎天主堂
 五島への旅,第二日目。福江からレンタカーで岐宿まで来た。
 街の北側に位置する城岳は標高215メートルと高くはないが,電波塔が建っていてクルマでも登ることができる展望台があるので,行ってみた。
 駐車場から少し登った展望台からは岐宿湾や白石浦の出入りの激しい海の景色が望まれた。

狭い入り口から山裾に沿って深く入り込んだ岐宿湾と岐宿の街
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岐宿の北には八朔鼻が突き出す。浅瀬の淡い青色が美しい
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東西から陸地が細く延びた白石浦のリアス式海岸
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南方の山々は意外と深そうに見える
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今回のレンタカー
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 国道に戻る。白石浦を見下ろす城岳山麓の高台には水ノ浦教会がある。白亜の建物は木造建築であるが,かなり規模が大きい。
 この地の教会堂は明治13年に建立された。現在のものは昭和13年の建築で,設計は鉄川与平。建設中止になった雲仙教会の部材を利用したという。
 教会堂という建物は正面に尖塔を持つものが多く,それがこの建物を象徴づけているのだが,写真で撮ろうとすると引きが取れなくて難しい。神社や寺のように境内の入り口から参道があるわけでもないし。

水ノ浦教会を正面から
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半逆光に装飾が浮かび上がる
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教会堂の裏手は十字架が立つ墓地。うしろは城岳
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 岐宿の西はトンネルが5本連続し,旧三井楽町の三井楽に到る。旧町域の大半は京ノ岳火山が造った小半島からなり,街は半島と本土の付け根に位置する。
 国道は半島を無視して西海岸の貝津に抜けているが,火山性のこの半島は面白そうなのでぐるりと回って行く。

三井楽湾の白い砂浜
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 街から離れた場所にある三井楽教会は近代的であった。明治13年に建立され,昭和初期に増改築された教会堂が老朽化したため,昭和46年に建て替えたという。正面のカラフルな壁画は島内で集められた貝殻で作られている。

壁画が特徴的な三井楽教会
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 県道も外れて北端の柏崎に立つ。風が強く,波も高い。海岸線には安山岩なのか火山性の黒い岩が露出し,波が砕けて飛沫が飛んでくる。瀬戸を挟んで,お椀を伏せたような形の姫島の緑が見えている。

火山性の黒っぽい色の岩礁が縁取る柏崎
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荒れた海の向こうに岐宿方面を望む
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 笹薮や荒地を縫って県道に戻る。火山のせいで土壌は良くないようで,所々にサツマイモ畑があるだけだ。
 国道に戻って短いトンネルをくぐると,高浜のきれいなビーチが現われる。「美しい五島の海」などといって紹介される写真は旧道の高台から撮るようだが,逆光の時間帯であった。

 逆光の右手に島山島が見えてくると,外海から玉之浦に入ってゆく。この辺りは特にリアス式海岸が発達している。

白い砂浜の高浜海岸
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島山島との間の瀬戸を陽が照らす
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玉之浦湾の奥部
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 玉之浦湾をぐるりと回り込んで,福江島西側の小半島へ。県道が尽きた小浦集落には巨大なアコウの木が聳えていた。アコウは細い幹がいくつも複雑に絡んでいて,気味が悪い。南方の植物なので,対馬海流に乗って流れてきたのだろう。
 小浦は島山島との距離が近く,橋が架かっている。面積の割に人口は僅かで,シカが多く棲息しているという。

幹回り12メートルというアコウの巨木
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島山島との間の梁口瀬戸に架かる橋
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橋からの玉之浦湾
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 引き返して,福江島最西端の大瀬崎を望む大瀬山へ。標高249メートルの山の西側は東シナ海の荒波に洗われて断崖をなす。穏やかな東側の玉之浦湾と好対照だ。ぼやけた丸い水平線の向こうに大陸があるはず。
 晴れていれば東シナ海に夕陽が沈むはずだったのだが,曇ってしまった。
 バスが停まっていて,地元の中学生か高校生たちが景色を眺めていた。

すっかり曇天の西の水平線
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波に洗われて切り立った白い断崖
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南に続く白い崖
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玉ノ浦の入れ子湾の井持浦
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 薄暗くなってきた中,井持浦教会に立ち寄る。
 創建は明治30年で,五島で最初のレンガ造りの教会堂であった。現在の建物は改修されているが,形は旧来のものを踏襲しているようだ。
 井持浦教会にはルルドがある。
 ルルドというのはフランス南部の街の名前であるが,かの地の洞窟でマリアに出会った少女が聖泉を教えられたという故事にちなんでキリスト(カトリック)教徒の巡礼地になっている。その聖泉を飲むと病が治るなどの奇跡が起こるとされている。
 五島各地から集められた石材を積み上げて再現された五島のルルドでは,岩肌から湧く水に聖地の水を混ぜて池を満たしているのだそうだ。

レンガ造り風の井持浦教会堂
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岩を積み上げ,マリア像を安置したルルド
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 間もなく闇になるので,そろそろ福江に戻ろう。玉之浦から福江へは中須郷から県道164号を通るのが最短だが,富江まで海沿いの国道を辿ることにした。
 この区間の国道は狭隘部が残り,見通しも悪かった。集落などないのにネコが多く,道の真ん中で寝ていたりするので油断ならない。富江市街まで1台のクルマとも擦れ違わなかった。

海蝕崖の間に富江の明かりが見えてきた
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 富江は福江島第二の街であるので,富江・福江間は交通量が多かった。最後は島の狭くなった部分を横切って福江の街に入った。
 今夜の宿は福江市街の「コンネホテル」。昨年開業したばかりなので,やや料金は高かったが設備は真新しかった。部屋に浴室がなく,大浴場で足を伸ばせたのも良かった。
 懸案だった「しまとく通貨」は,フロント係の方がなんとか使えるようにしてくれたので一安心。これで大量に余る心配はなくなった。

次の記事 福江島ドライブ(3) 鬼岳と鐙瀬熔岩海岸/フェリーで中通島へ

福江島ドライブ(1) 奥浦湾と堂崎天主堂(五島への旅5)

旅行日:平成29年10月16~19日⑤

最初の記事 博多の街を小散策―櫛田神社,東長寺など
前の記事 五島の中心都市・福江を散策する
 五島への旅,第2日目。時刻が来て,福江のレンタカー営業所でクルマを借りる。楽天スーパーセールの際に予約したのだが,予約プランが対象外ということで「しまとく通貨」が使えなかった。
 明日使う中通島のレンタカーは会社のホームページからの予約だから「しまとく通貨」が使えないことはないだろうが,きょうと明日の宿は宿泊予約サイトからの予約なので,ちょっと不安になる。

 クルマはフィットが配車された。慣れたクルマなのでありがたい。
 福江の街を抜け,国道384号を郊外に向けて走る。家並みが途切れて,自動車販売店や郊外型の商業施設が現われだすのは全国画一的なことで,“島っぽさ”は感じられない。ただ,セブンイレブン,ファミリーマート,ローソンの3大コンビニはない。ポプラは福江島に3店舗あるようだ。
 島内唯一と思われるファミレスのジョイフルで昼食。一般店舗よりもやや値段が高いように感じた。
 青空はだいぶ広がってきてくれた。

国道から外れた田園地帯にて
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 福江島は割と丸っこいカタチをしており,一周道路の他にも福江から放射状に道が延びている。今夜は福江に泊まり,明日の11時半にレンタカーを返すので,今日中に3分の2くらいは回ってしまいたい。二日に分けることで,外周だけでなく内陸部の道を通ることもできる。
 反時計回りすることに決めて,県道162号を北へ。深く入り込んだ奥浦湾が現われた。

奥浦湾
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湾口の狭窄部は海の青が美しい
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 奥浦湾と戸岐湾の間の半島に折れ,穏やかな海辺を進む。道は行き止まりだが,その先に堂崎天主堂がある。福江島を代表する教会堂であるので,少し手前のところに観光客用の駐車場が整備されていた。
 海は潮が引いて干潟になっている。引き寄せられるように目の前の海に足を踏み入れた。

貝殻がこびりついて巨大なクリのようになった岩
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干潟にうっすらと潮が溜まる
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 堂崎天主堂は入り江に沿った山裾に建っているのだが,集落には背を向け,海を正面にしている。
 奥浦は五島のキリシタンの拠点であった。
 永禄9年(1566)にイエズス会のアルメイダ修道士が大値賀(福江)で布教した際に,“Ocura”を訪れて住民ことごとくがキリスト教徒になったという記録が残るが,その“Ocura”が奥浦であると考えられている。
 江戸時代に大村藩のカクレキリシタンが福江島に入植した際には,はじめに奥浦に上陸したとされる。開国直後の元治2年(1865),長崎・大浦天主堂でのいわゆる信徒発見のあと,堂崎のドミンゴが大浦天主堂に赴き,カクレキリシタンを教会に復帰させた。
 明治初期にはキリシタンに対する激しい弾圧が行われたが,明治6年に禁教が解かれると,明治10年にマルマン神父が赴任し,木造の小さな教会堂が建てられた。現在のゴシック様式でレンガ造りの教会堂に建て替えられたのは明治41年のことだ。

煉瓦造りに瓦屋根の天主堂を遠望
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外海を向いた堂崎天主堂の正面
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海を挟んだ正面は久賀島
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 教会堂は「堂崎天主堂キリシタン資料館」になっていて,儀式のない時は見学することができる。内部は撮影することができないが,ステンドグラスが美しかった。
 陸繋砂州の先には郷土資料館もあったのだが,スズメバチが巣を作ったとかで見学できず。

レンガの装飾が目を引く
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 県道に戻り,戸岐湾に架かる戸岐大橋を渡る。北に突き出した半島には足を踏み入れずに低い峠を越え,岐宿湾へ。鬱蒼とした山中には一部に狭い箇所があった。
 岐宿湾も奥行きがあって,湾奥部は干拓されていた。が,それも耕作放棄されて,セイタカアワダチソウが一面に黄色い花を咲かせていた。セイタカアワダチソウは日本中で繁茂しているが,五島のそれは背も高く特に勢いがあるように感じた。
 湾内には前小島があり,そこまで干潟で繋がっていた。そうでなくても築堤が島まで繋がっている。

戸岐湾奥には採石場の跡が…
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干潟の中の前小島
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 岐宿にはくだんのポプラがあるので,コーヒーを買って小休止。なくてもいいけれど,あればやっぱり便利である。

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