Latest Entries

【「旅のはなし」の水先案内】

 「旅のはなし」をご覧いただきましてありがとうございます。
 当ブログはその名の通り,各地の旅行記を掲載しています。まったくもって行った順番には並んでおりませんので,以下の各「INDEXページ」をご参照ください。
【PC推奨】行先別INDEX (地域別,県別に並べてあります)
□年別INDEX平成28年平成27年平成26年平成25年平成24年|平成23年(準備中)|平成22年(準備中)|平成21年平成20年
【PC推奨】同行者別INDEX (同行者様別に並べてあります/リアルでの知人限定公開)

 また,以下の記事にはこのブログと筆者について記しています。
このブログについて
このブログの筆者について

新緑と残雪の上州野州へ(前) 月夜野から遠望する谷川連峰

旅行日:平成29年5月19日①

 5月も中旬になり,新緑も北関東山岳部まで進んできたようだ。群馬県の昭和ICから月夜野,沼田,片品,金精峠を越えて日光,上三依と回って那須野まで走ってきた。

 5:35出発で,国道129・16号を北上。所々流れが悪かったものの,7時には入間ICに到達できた。
 圏央道,関越道を進み,上里SAで休憩。青空は湿っぽく,上州の山々は見てこない。
 渋川の先で利根川を渡り,赤城山の裾野を登ってゆくと,前方にくっきりと谷川岳が現われた。眺望の良さそうな赤城高原SAに入る。

残雪の谷川連峰
IMG_5435_20170524134906b13.jpg

谷川岳と沼田市街
IMG_5442_20170524134905e71.jpg

読みの難しい武尊(ほたか)山
IMG_5441.jpg

利根川の谷を挟んで子持山
IMG_5436.jpg

 沼田ICから真っ直ぐ日光方面に向かう計画は止め,次の昭和ICで下りる。
 みなかみ町(旧月夜野町)の名胡桃城址に行ってみる。10年くらい前のことだが,18きっぷの旅の途中で後閑駅を途中下車して歩いたことがある。確か谷川連峰の眺めが良かった筈だ。
 国道17号で月夜野ICを過ぎると,利根川を渡りながらぐんぐん登る。その先の高台の先端が名胡桃城址だ。真田六文銭の幟がはためいていた。10年前はこんなものはなかったし,真田氏は幸村の名前くらいしか知らない10代だった。
 しかし,北側の山々の眺望は開けず…。

メサ地形なのか,テーブル状の三峰山
IMG_5444_20170524134904349.jpg

城址はツツジと新緑の取り合わせが見事
IMG_5445_2017052413490340d.jpg

 結局,城址の駐車場から橋の上まで歩いた。月夜野大橋というこの橋は,対岸に向かって急な下り坂が続く。
 遮るものがないので,5月の陽射しがキツい。景色は素晴らしくて,かなり下の方まで行ってしまった。利根川も雪融けで増水し,轟々と瀬音が聴こえてくる。

河道いっぱいに雪融け水を流す利根川
IMG_5449_201705251152589e7.jpg

水を張った田んぼが山並みを映している
IMG_5454.jpg

フジの花を取り入れて
IMG_5457.jpg


 クルマに戻って,段丘の下まで細道を進ませる。水を張った田んぼに谷川連峰が映り込む水鏡を期待していた。
 だが,思いの外そよ風が吹いていて,水面は絶えず波立っていた。なかなか難しい。

水の少ない方が波が立ちづらいものの…
IMG_5462_201705251152577b1.jpg

既に田植えを終えた田んぼもあった
IMG_5463.jpg

 だいぶ寄り道してしまったが,そろそろ日光方面に進もう。沼田の街を抜けるよりも,後閑駅の裏から広域農道の利根沼田望郷ラインの方が楽しそうだ。
 ぐんぐん登って三峰山の下を長いトンネルでくぐり抜ける。武尊山が前方に現われた。アップダウンが激しいが,景色も走りやすさも期待通りだった。広域農道は佳い。
 途中,川場村の道の駅で小休止。非常に広くて充実した施設で,賑やかだった。食事処にも惹かれたが,まだ11時前だ。

 雨乞山の麓に展望所があり,赤城山や片品川の河岸段丘を望んだ。

赤城山の山麓は高原野菜の山地
IMG_5469_20170525115256518.jpg

幾段にも分かれた河岸段丘を一望
IMG_5470_2017052519474969a.jpg

 旧白沢村で国道120号に折れ,椎坂利根トンネルを抜ける。このトンネルが開通して,片品川の上流がだいぶ近くなった。

次の記事 

桜島・霧島ドライブ(3) 霧島火山は雪模様

平成29年3月6~9日⑪

最初の記事 南九州への旅2017―序
前の記事 桜島・霧島ドライブ(2) 桜島火山を間近で眺める

 大隅福島から北上を続け,都城市内で国道223号に出た。霧島の山の中だ。
 まずは御池に立ち寄る。
 御池は火口湖で,約4,600年前の噴火で形成された。直径約970メートル,水深103メートルに達する巨大な火口湖は,霧島の火山史上最も激しい噴火によってできたことを物語っている。
 後ろに見える山は高千穂峰で,標高1,574メートルの霧島最高峰だ。そのすぐ手前には二子石という,言われなければ山の名だとは分からないピークがある。

カモの憩う御池と高千穂峰,二子石
IMG_4630.jpg

 霧島火山は加久藤カルデラの南辺部に位置する。
 約34万年前に当地で破局的噴火が起こり,加久藤カルデラが形成された。その後,約20万年前に活動を開始したのが霧島火山である。姶良カルデラの形成が2.9万年前,桜島火山の活動開始が約2.5万年前であるから,それよりも随分古い。

 国道223号を西へと進み,再び鹿児島県に入った。霧島神宮前から県道480号で高千穂河原へと登る。前に来たときは冬季閉鎖で通れなかった道だ。路面への積雪や凍結が心配だったが,問題はなかった。ほとんどクルマのいない駐車場に料金徴収員がおり,有料だったのに驚く。

 標高1,000メートル近い高千穂河原には霧島神宮の古宮がある。中岳を見ながら幅の広い石段を登っていく。青空が広がったかと思えば,小雪が舞い出したりし,天気は目まぐるしく変わる。雲の流れが速い。

山頂附近には積雪も見える中岳
IMG_4634_2017051113514210f.jpg

 鳥居をくぐると,建物の礎石に囲まれた聖域に巨石が鎮座している。正面は御鉢火口で,ここからは見えないが,その後ろに高千穂峰がある。位置関係でいうと,(西)高千穂河原―御鉢火口―高千穂峰―二ツ石―御池(東)と並ぶ。
 霧島神宮の創建時期は詳らかではないかが,神代であると伝えられている。古代は御鉢火口と高千穂峰の中間に位置する「脊門丘」に鎮座していた。しかし,御鉢火口の噴火で焼失し,天暦4年(950)にこの高千穂河原に遷座された。
 当地に移って以降も,文暦元年(1234年)の大噴火で炎上するなど火山災害が相次いだ。そのため,島津忠昌の命によって文明16年(1484)に現在の場所に移った。

 御鉢火口は大正2年(1913)にも噴火している。
 なお,御鉢の噴火口の内側は鹿児島県だが,外側は宮崎県に属する。ここだけ鹿児島県が「Ω」型に食い込んでいる。

古宮の鳥居の向こうに御鉢火口が聳える
IMG_4642_20170511135142759.jpg

御鉢火口を遥拝する位置に巨石がある
IMG_4639.jpg

 クルマで中岳の中腹を進む。小規模な温泉が点在している。
 新湯温泉の近くでは谷から噴気が上がっているところがあった。珍しくもないのか,気付かずに通り過ぎてしまいそうだった。

噴気を上げる谷の一劃。後ろは雲に隠れた新燃岳
IMG_4645.jpg

 主要地方道1号を北上し,韓国岳の脇をえびの高原に抜ける。再び鹿児島県から宮崎県に入るが,標高は1,200メートルを越え,道路脇の積雪が増えてきた。木々は樹氷で白くなっている。
 ちょっと停まって写真を撮りたいが,どこも駐車場が有料なので気が引ける。散策するには時間がなくなってきた。

えびの高原附近,樹氷の木々
IMG_4648.jpg

 県道30号(霧島バードライン)で加久藤カルデラの方へと下る。路面が濡れているので,凍っているのではないかとヒヤヒヤする。きょうは気温が高いので,雪融け水だと思っておく。
 加久藤は加久藤盆地の中心集落であるが,市町村合併でえびの市になったので,やや通りが悪い。
 白鳥温泉まで下れば,雪も消えた。ちょっとした展望台から加久藤カルデラを一望にできた。

白鳥温泉から加久藤カルデラを一望
IMG_4649_20170512174554500.jpg

 盆地まで下り,広域農道みやまきりしまロードで加久藤市街をパスし,吉松に抜ける。
 ここからは九州道沿いに一気に鹿児島空港まで行ってしまいたいところだったが,流れが悪くて時間が掛かった。シメのラーメンを食べてからクルマを返す予定が崩れる。
 仕方なく,給油してレンタカー屋へ。二日間の走行距離は525.9キロに達し,平均燃費は19.7キロ/リットル。

 空港内でかなり遅い昼食を摂り,展望デッキに上がると,霧島山が全景を見せていた。もう少し早く晴れていてくれればと思う。

空港の展望デッキから霧島オールスターズ
IMG_4653.jpg

 フライトは17:20発のSKY308便。北側へのランドアウト。
 座席は左側だったので霧島山は見えないなと思ったのだが,高度を上げながら大きく旋回し,景色が逆になった。霧島の峰々を間近に見下ろし,火口湖の中まで見える。これは素晴らしい。

冠雪した新燃岳(左)と少し尖った形の高千穂峰(右端)
IMG_4657.jpg

中央が高千穂峰,左に御鉢火口と右に二子石
IMG_4661_201705121745537f5.jpg

 峰々が去ると,今度は都城盆地を俯瞰する。さらに宮崎市が近づき,市街や青島を望む。なんだかこの旅の前半行程をおさらいするようなコースだ。

都城盆地を流れる大淀川
IMG_4662_20170512174620977.jpg

 日向灘に抜けると東に向かい,急速に暗くなっていった。

桜島・霧島ドライブ(2) 桜島火山を間近で眺める

平成29年3月6~9日⑩

最初の記事 南九州への旅2017―序
前の記事 桜島・霧島ドライブ(1) 錦江湾を大きく回り込んで桜島へ
 桜島港から海沿いの道を進むと,再び荒涼とした景色になる。“スーパーマグマロード”という愛称がついている。
 ちょっとした高台に展望所が設けられているので,寄り道。この場所,烏島という小島が大正噴火の際の熔岩によって陸続きになったという。

烏島展望所から鹿児島市街を望む
IMG_4581.jpg

大正熔岩ごしの桜島火山
IMG_4585_201704231304439c2.jpg

 景色を眺めていると,市営バス「サクラジマ アイランドビュー」がやって来た。桜島西部の観光地を回る路線バスで,見どころでは停車時間を取っている。乗車時間も1時間と手頃で,平日だというのに老若男女日本人外国人20人くらいの乗客が降りてきた。
 桜島は鹿児島の中心部から近いこともあって,街から2時間もあれば火山を見に来られる。そんな観光資源を活用したこういうシステムはありがたい。クルマで回っている私が言えた事じゃないけど…。

黄色い市営バスの「サクラジマ アイランドビュー」
IMG_4587.jpg

クルマに戻ると,隣りにも駐車車両(?)が…
IMG_4588.jpg

 一旦,国道に出て,湯之平展望所に登る。湯之平は標高374メートルの熔岩の小山で,桜島火山を間近で見られる展望台が設けられている。
 湯之平への道は気持ちのいいワイディングが続く快適な2車線道路であった。クロマツの林を抜けていくので,高地のような景観だ。とても海の近くとは思えない。

北岳が眼前に迫る
IMG_4589.jpg

 展望台では,猛々しい山々が迫る。

 これまで「桜島火山」と記してきたが,桜島火山は主に北岳(御岳)・中岳・南岳の3つの峰からなる。
 約2.9万年前に姶良カルデラが形成されたことは前回記した。時代が下って約2.5万年前になると,姶良カルデラの南端部で噴火が始まった。これが現在の北岳である。
 北岳は標高1,117メートルあり,桜島火山黎明期から約5,000年前まで活動を続けた。約4,500年前からは南岳の火山活動が活発となった。
 
 桜島火山の大規模な噴火は17回あり,有史以来では文明8年(1476)と安永8年(1779),前回も触れた大正3年(1914),昭和21年(1946)に山腹で噴火があり,熔岩流が流れ出た。昭和30年以降は山頂噴火となり,南岳には2つの火口が形成されている。

左から北岳,中岳,南岳
IMG_4593_201704242232578f6.jpg

浸食によって側面がえぐられ,切り立っている北岳
IMG_4592_20170423134352108.jpg

 桜島は地形上河川が短く,急流になっている。しかも,土壌が頻繁に降る火山灰からなるため植物があまり根付いておらず,保水性に乏しい。このため,大雨になると浸透しない雨水が火山灰と混じって土石流を起こしやすい。反面,普段は水無川となっている。

 そんな桜島最大の河川が北岳と中岳の間を発する野尻川で,砂防事業が行われている。上流には砂防ダムが幾重にも設置され,重機が砂礫を回収している。一方,下流は堤防で河道を固定したため,天井川をなしている。

北岳直下に設けられた巨大な砂防ダム
IMG_4594.jpg

古代遺跡の石垣のような小規模な砂防ダムの連続
IMG_4595_20170424223256469.jpg

 湯之平展望台は桜島火山だけでなく,海側の眺望も開ける。
 さっきから急に雲が出てきていたが,突然雨が降り出した。昨日ほどではないが,不安定な天気だ。晴れていれば阿多カルデラも眺められるのだろうが…。

霞む錦江湾南側
IMG_4599_20170423134352151.jpg

大正熔岩の向こうに鹿児島市街を望む
IMG_4600.jpg

 クルマで北側へと下り,もう一度桜島港を通ってから国道を東へ向かう。この辺りは旧東桜島村の中心部であった。東桜島村は昭和25年に鹿児島市に編入されたが,袴腰港を有する桜島町(昭和48年まで西桜島村)が鹿児島市に属するようになったのは平成16年である。島自体が飛び地の性格を有するものではあるが,その中でも船便を介して隣接していなかったのが面白い。
 文明,安永,昭和の熔岩地帯を抜けてゆく。

 旧瀬戸海峡が近づくと,有村岩展望所がある。駐車場や真新しいトイレが用意されており,島内で一番観光開発が進んでいるように見えた。観光バスも多い。
 この場所は南岳の麓に位置し,昭和熔岩と大正熔岩が隣り合って(重なり合って?)堆積している。
 大正噴火から103年,昭和噴火から71年が経過するが,その約30年の差が植生の違いに現われている。大正熔岩にはススキのような先行植物が生え,昭和熔岩には若いクロマツが生えている。さらに奥の,古い時代の熔岩の上に生えるクロマツは緑が濃い。

場所によって植生の違いが明瞭
IMG_4610.jpg

海潟・垂水方面を遠望
IMG_4612_201704231343504dd.jpg

 桜島口に戻り,桜島一周を完了する。
 国道220号を北へ7,8キロ引き返し,垂水市北部の牛根境で県道479号に折れる。海沿いから立ち上がる標高450メートル超の外輪山を一気に駆け上がるため,ワイディングを繰り返す。見通しの悪いやや狭い道だったが,対向車にはほとんど行き合わなかった。
 登り坂が終わると,大した下りもないのに平地が広がる。シラス台地の牧之原だ。
 国道504号を北上する途中,新しい道から姶良カルデラを一望することができた。せっかくの新道なのだからついでに展望所も作れば良かったのに,と思うほど景色が良かった。

旧福山町から姶良カルデラとその中央火口丘―桜島火山を一望
IMG_4622_20170424223255dcb.jpg

 間もなく旧福山町の中心地に到る。ここは初日に鹿児島空港から志布志に向かう途中に通っており,そのルートとクロスする恰好だ。
 福山からは県道491号を進み,霧島に向かう。ひたすら山中を進み,時折狭い箇所が現われた。JR日豊線の大隅大川原駅の近くを通った以外は,どこにいるのか分からなくなるようなルートであった。

次の記事 桜島・霧島ドライブ(3) 霧島火山は雪模様

桜島・霧島ドライブ(1) 錦江湾を大きく回り込んで桜島へ

平成29年3月6~9日⑨

最初の記事 南九州への旅2017―序
前の記事 薩摩半島をドライブ(3) 坊津から野間崎をまわって吹上浜へ
 南九州への旅,第四日目最終日。
 きょうは桜島を見てから,霧島を回って鹿児島空港でレンタカーを返却し,そのまま帰途に就く予定になっている。

 ようやくすっきり晴れそうな天気予報が出たので,早起きして6時半の開始時刻に朝食を摂る。おかげで7時半には走り出せた。

 鹿児島市街から桜島へはフェリーで約15分で渡ることができる。しかし,私は姶良カルデラの内側を丹念に辿って陸路桜島を目指すことにした。
 国分までは国道10号をゆく。途中の重富まではひたすら錦江湾沿いをゆくので,海と桜島の眺めが良い。しかし,ペースが速く,停まって景色を眺められるような場所はなかった。加治木から国分にかけてやや混雑。

 国分で国道220号に折れると,途端に交通量が減った。早速,桜島が望める場所にクルマを停めた。

山頂附近に雲のかかった桜島
IMG_4554_20170420194403448.jpg

 鹿児島から重富にかけてもそうだったが,国分から南も「右に錦江湾,左は高い崖」という風景が続く。この崖こそが姶良カルデラの外輪山の内側のフチにあたる。

 約2.9万年前に現在の錦江湾附近で巨大噴火が起きた。多量のマグマによって軽石や火山灰などの多くの噴出物を生じ,鹿児島県域を約60メートルの厚みで覆い尽くした。マグマを失った火山は陥没し,姶良カルデラとなった。
 また,噴出物によって発生した火砕流は,山も谷も埋め尽くして平らな地形を形成した。これが鹿児島県本土域に広がるシラス台地である。火砕流の中でも特に規模が大きかったのが入戸火砕流で,この時の火山灰は東北地方以南の日本全国に堆積したため,重要な鍵層となっている。

垂水市二川附近から望む桜島
IMG_4558_20170420194402779.jpg

二川港には古そうな石積みの突堤が
IMG_4560.jpg

 国分から垂水にかけては国鉄大隅線の廃線跡がずっと並行している。大隅線は戦前に古江(鹿屋市)と志布志の間が開通し,戦後に国分まで延伸された。最後の開通区間は海潟温泉(垂水市)・国分間で,昭和47年にやっと全通した。しかし,不採算で昭和62年に廃止になってしまったた。
 国道を走っていると,時折コンクリート造りの高架橋が目立つ。開通から廃止まで僅か14年半しか使われなかったものだ。

国鉄大隅線の廃橋
IMG_4561.jpg

 休憩がてら道の駅たるみずに寄る。ここまで来ると桜島が間近だ。しかも,雲は大方霽れてきた。
 山頂附近が白っぽくなっているのは火山噴出物だろうか,それとも雪だろうか。

道の駅たるみずから
IMG_4562.jpg

施設内には長~い足湯が
IMG_4566_20170422083816e3c.jpg

 道の駅を出てほどなくすると,瀬戸海峡に差し掛かる。
 ここはもともと,大隅半島と桜島を隔てる海峡であったが,大正3年(1914)の噴火によって流れ出た熔岩流によって埋め立てられ,陸続きになった。海峡の幅は300~400メートル,深さは7,80メートルだったというから,熔岩の多さを窺わせる。
 近年まで国道は大隅半島側を通っていたが,牛根大橋が架けられ,一旦桜島を経由するルートに変わった。

入り江になった瀬戸海峡に架かる牛根大橋
IMG_4618.jpg

自然災害との戦いの痕跡が生々しい旧国道
IMG_4617_20170423011458f90.jpg

大隅半島(左)と桜島(右)の間を砂防工事のダンプカーがゆく
IMG_4616.jpg

 ここから桜島に入っていく。
 桜島の外周には南回りの国道224号と,北回りの県道26号が通っている。桜島港へは距離の短い国道の方がメインルートになっている。
 何となく県道から入って国道から出てくることに決め,県道に入った。クルマの通りは少ない。植生はマツが多く,軽井沢辺りを走っているような感じがする。

東側から望む桜島火山
IMG_4567_2017042301145808f.jpg

 最初の集落・黒神には有名な埋没鳥居がある。子供の頃にテレビだか本だかで見て,衝撃を受けたことを憶えている。
 この鳥居は腹五社神社のもので,高さ3メートルあった。大正噴火の時に黒神集落では一日で火山灰が2メートルも積り,3分の2ほどが埋まってしまった。昔日の私のように,一瞬で火山災害を実感できる遺物として保全されているという。

 桜島の大正噴火は大正3年1月に起こり,当時の東桜島村で677軒,西桜島村で1,467軒の家屋が焼失し,死者不明者23名を出した。

 現在は中学校の敷地になっていて,校舎と体育館の間の道を進んだ先に小さな本殿があった。

腹五社神社の埋没鳥居
IMG_4570.jpg

真っ黒な火山灰の上に建つ腹五社神社
IMG_4573.jpg

 黒神の先で橋を渡る。が,下を通る川に水は流れていない。
 桜島の河川はほとんどが水無川である。火山灰質の土壌のためか流路延長が短いためか,あるいはその両方だからなのか,普段は水が流れない。その代わり,強い雨が降るとしばしば土石流を引き起こす。

 この辺りの熔岩は昭和噴火によるものである。
 桜島の昭和噴火は昭和21年(1946)に発生し,熔岩流が東側へ流れ下った。この時は黒神・有村集落が埋没した。

水無川の橋の上から
IMG_4575.jpg

昭和熔岩は形成から70年ほどしか経っていないため,ようやく生えてきたマツもまだ小さい
IMG_4578_20170423011456d17.jpg

 島の東側から北側へと回り込むと,集落が次々に現われるようになる。この辺りは近世以降熔岩流を受けていず,鹿児島への港にも近いため,桜島の中では比較的住みやすい地域なのだろう。
 火山性の土壌でも生育し,特産品になっている桜島大根の畑や小ミカンの果樹園もこのエリアに集中している。

錦江湾を隔てて姶良カルデラの外輪山を望む
IMG_4579.jpg

 家並みが続くようになってくると,大きな駐車場が現われ,次いで停泊するフェリーが見えてきた。桜島(袴腰)港だ。
 時刻は10時。フェリーなら15分のところ,寄り道しながら2時間半を要したことになる。
 港には大手のコンビニが二軒あるが,どちらも景観に配慮した茶色の看板なので見分けがつきづらかった。

次の記事 

Appendix

プロフィール

さがみぃ

Author:さがみぃ
相州生まれの相州育ちです。
このブログと筆者については,水先案内からご覧いただけます。

トップページ

【PC推奨】行先別INDEX

アクセスカウンター

(平成24年8月22日設置)

検索フォーム

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる