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ミカンの実る周防大島は霞みの中 (山口県・福岡県、鉱業と工業の旅2)

旅行日:平成30年11月26~28日②

前の記事 岩国錦川の錦帯橋と沈下橋

 錦帯橋を見物したあとは、玖珂から熊毛半島を南下して大畠へ。目指すは周防大島だ。

 屋代島とも呼ばれる周防大島へは、大畠から大島大橋が通じている。「大島」というだけあって、瀬戸内海では淡路島、小豆島に次ぐ大きさだ。
 唯一の架橋である大島大橋であるが、(平成30年)10月22日にドイツの海運会社の所有する貨物船が衝突する事故が発生した。貨物船「エルナ・オルデンドルフ」のマストは、橋梁の下部に設置されていた水道管と光ファイバーケーブルを切断し、しかも呉港に向けてそのまま航行を続けたという。
 この事故の影響で島内は断水となっており、橋梁の歩道部分に仮の水道管を設ける作業が行われている。安全の確保と工事のため、2トン以下の車輛以外は通行止めが続いている。トラックは両岸で重量を測定していた。

大島大橋。歩道部分に仮設水道管を敷設
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 橋上の交互通行を抜け、周防大島に上陸。早速、大島大橋を眺める。
 この橋は昭和51年に開通したトラス橋で、3つの橋脚は多柱式の基礎が支えている。橋の開通以前は大畠港から国鉄の連絡船(大島航路)が出ていたそうだ。その下を中型の船が航行してゆく。むろん厳密な計算の上で通過しているのだろうが、マストと橋桁の間がギリギリに見える。

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今回のレンタカー
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 周防大島は東西に長い形をしている。まずは北側をゆく国道437号を西へ。山が迫り、海沿いをゆく区間が多いので景色は良い。しかし、景色は霞んでいて、陸影がぼんやりと重なっている。どこまでがこの島なのか判らない。
 道の駅「サザンセトとうわ」に入ると、断水の影響でレストランは休業中だった。トイレでも手洗い水はポリタンクからチョロチョロと出るだけ。

道の駅から瀬戸内海。波は穏やか、景色はぼんやり
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 道の駅向かいの「慶」という食事処で昼食。魚介の定食は煮魚、焼き魚が中心で、刺身は少な目だった。美味しかったが、ちょっと寂しい。刺身は水を使うからこれも断水の影響だろうと、やつるぎ君が評した。

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 国道をさらに東へ進む。途中の高台には「陸奥記念館」があるが、今回は寄らない。日本海軍の主力艦であった「陸奥」は、太平洋戦争中の昭和18年に周防大島北東の柱島泊地で爆沈した。今回の度に際して、吉村昭の「陸奥爆沈」は読み返してきた。

 大島東部の伊保田で国道は途切れる。この先は海上国道となって愛媛県松山市の三津浜港に通じている。柳井港・三津浜港間の防予フェリーは日に13往復設定され、うち4往復が伊保田港に寄港する。大橋不通時は予約でいっぱいになったという。

 やつるぎ君はなぜだかくしゃみが止まらなくなり、街に1軒だけあったコンビニに駆け込んでマスクなどを買ってきた。「もう大島には足を向けて寝られないよ」と軽々しく言っている。

伊保田港のアロエの花
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 大島の東端は伊保田から2キロほどの瀬戸ケ鼻だが、道は手前で途切れている。先端を極めることもないので、ここで南へ転進。山越えは細いトンネルがあった。「油田洞道」という名で、開通は昭和7年と古い。「油田」の地名は宇と伊保を合成した当時の村名からきている。

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 晴れていれば県道で海岸線を丹念に辿るところだが、広域農道の大島オレンジロードでショートカットして片添ケ浜に下りてきた。
 夏ならば海水浴客で賑わいそうな白浜だが、さっぱり人気がない。

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浜に咲いた黄色い花 (コマツヨイグサという外来種らしい)
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 片添ケ浜からはようやく南海岸を辿ろうと走り始めたのだが、大積という集落の先で県道が通行止め。オレンジロードまで引き返し、一気に大島大橋近くまで山中を走った。
 オレンジロードというだけあって、沿道にはミカン畑が多い。ミカンは山がちな大島の特産品であるが、大橋の2トン制限は出荷にも影響を出しているらしい。

ミカン畑と安下庄の街
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山中の紅葉。沖合には柳井市の平群島がぼんやり見える
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 最後に飯ノ山に登った。この島はかなり山深く、最高峰の嘉納山は標高691メートルに達する。
 飯ノ山はそれに比すれば低いが、山頂へ通じている県道は非常に狭く、勾配が急だった。
 標高264メートル山頂には立派な展望台があって、大畠瀬戸が一望にできた。潮流はいかにも速そうだが、早潮というのは海面がぬめるように流れるものらしい。
 大畠瀬戸の潮流は10ノット(時速約18.5キロ)になることもあるそうだ。

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笠佐島と室津半島。陽がにじむ
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大三蒲集落と田ノ尻鼻
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 大橋で本土に戻り、海沿いに柳井、平生、室積と西へ。海沿いを走る区間が多いが、早起きがたたって眠い。室積は是非とも歩いてみたい港町であるが、コンビニに寄ってやつるぎ君に運転を代わるだけ。
 光市や下松市は臨海工業地帯であるので、夕ラッシュにかかって渋滞してきた。徳山東ICから山陽道に入ると、やつるぎ君の慣れない高速道路であるので、大変おっかない。
 防府東ICで流出し、国道262号を山口市に向かう。スーパーで少々の買出しをし、給油(単価146円)してレンタカーを返却。走行距離は237.6キロ、平均燃費は19.54キロ/リットルであった。

 レンタカーの営業所から15分ほど歩き、湯田温泉駅ででーひらさんと合流。彼は出雲市駅から特急「スーパーおき」で3時間かけてやって来たという。
 ホテルにチェックインし、近くの居酒屋で小宴。シメは山口県発祥の瓦そばにした。熱した瓦に茶蕎麦、肉、海苔、レモン、もみじおろしなどを載せたもので、甘しょっぱい汁につけて食す。不思議な焼きそばだが、これは旨かった。

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(スマートフォンで撮影)

 部屋に戻り、熱めの温泉に浸かったのちまた飲んだ。

次の記事 


【投稿時補足】
 私たちが訪れた11月26日の深夜に大島大橋の最終点検が行われました。点検の結果、安全が確認され、27日の午後には大橋の通行規制は解除されました。12月2日以降は作業時以外の片側交互通行も解除され、特殊車両と自転車(歩道が狭いため乗車不可)以外は規制解除されています。
 水道の方は27日に仮設水道管が完成し、島内の配水池への送水が再開されました。順次水道管の洗滌が行われ、12月1日の夕方に配水が始まりました。
 復旧作業の方はひと段落した恰好ですが、加害者である船会社から充分な補償がなされない可能性があるという報道もあり、もうしばらく注視の必要がありそうです。

岩国錦川の錦帯橋と沈下橋 (山口県・福岡県、鉱業と工業の旅1)

旅行日:平成30年11月26~28日①

 もう随分と前のことだと思うが、山口県の地図を見ていて、「宇部興産専用道路」という註記を見つけた。
 宇部興産というのは宇部炭田に始まる総合化学メーカーで、秋吉台で採掘した石灰を宇部市の臨海工業地帯に輸送するのがこの道路の役割だという。企業の専用道路なので、一般道路を走ることのできない規格外の自動車が行き交っているということも耳にしていた。
 私道であるので、むろん一般車では通行できない。しかし、宇部・美祢・山陽小野田産業観光推進協議会による「大人の社会派ツアー」というのが行われており、宇部興産専用道路をバスで通行するコースも設けられている。

 もう5年くらい前になると思うが、でーひらさんとやつるぎ君といる時に宇部興産専用道路の話しが出て、行ってみたいよねと話しが合った。この件は何度か出て、構想は時間をかけて企画へと膨らんでいった。そして、今年の4月に今年度のツアーの日程が発表され、11月27日の参加を決めた。


 ツアー前日の11月26日月曜日。羽田空港6:50発のANA631便、岩国錦帯橋空港ゆきで旅は始まる。
 私は4時に起きて始発電車に乗り、京急川崎駅でやつるぎ君と合流してきた。でーひらさんは前日に出雲空港に飛んでおり、今夜、山口市の湯田温泉で合流することになっている。

 ANA631便は沖止めで、バス移動ののちタラップでの搭乗となった。朝陽が眩しい。
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 搭乗率は7割程度でゆったり座れた。
 D滑走路から北側へのランドアウトとなり、大きく旋回して西に針路を取った。

鶴見川河口附近
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相模川両岸の河岸段丘がくっきり見えた
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 晴れて下界の眺めが楽しめたのは山梨県の本栖湖まで。しばらくは雲に阻まれたが、2つの河川が並行して流れるのが見えた。岡山県の高梁川だ。
 中国地方は複雑に入り込んだ谷を雲が埋めており、見事な雲海が広がる。その奥にありながら、冠雪して存在感を放つのは大山だ。

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山が隔てる広市街と呉市街
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 東広島市上空から南に向かい、江田島を間近に見る。きょうは終日晴れの予報で喜んでいたのだが、明らかに曇っている。
 周防大島辺りで旋回し、陸岸に沿って南側からのランディング。アメリカ軍海兵隊と海上自衛隊の岩国飛行場内にある空港はアメリカ軍が管理しているため、施設内は撮影禁止とのこと。
 岩国錦帯橋空港は平成24年の開港と新しく、就航しているのが羽田との4往復だけなので、施設はコンパクトにまとまっていた。

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 きょうはレンタカーで山口市に向かう。手続きはターミナル内のカウンターで済み、隣りの駐車場から出発できた。何もかも小さくまとまっていて、使い勝手が良い。
 まずは錦川に架かる錦帯橋を見に行く。岩国錦帯橋空港は錦川の三角洲に位置しているため、今津川と門前川に挟まれている。空港の愛称になっている橋までは上流に向かってクルマで15分ほどの距離にある。
 錦川の河原の駐車場にクルマを停める。300円の「入橋料」を払って、ひとまず対岸へ。アーチ構造が連続するので、アップダウンが激しい。

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 岩国は萩藩の支藩である岩国藩の城下町であった。山の上に岩国城が築かれ、江戸時代を通じて吉川氏の支配が続いた。じっくりと城下町を歩きたいところだが、今回は深入りしない(ちなみに前回は颱風で駅から出られなかった)。

 橋の対岸は城下の武家地だったらしく、公園などが広がっている。
 案内板で「紅葉谷公園」というのを見つけ、そこまで往復。途中には吉川家の墓所があった。やつるぎ君が「ヨシカワって友達がいるんだけど…」と言うが、城主の家は「キッカワ」だ。
 紅葉谷公園はかつての寺町にあって、モミジだけでなくイチョウも美しかった。

永興寺の枯山水庭園
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黄色い葉を敷き並べて
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淡い陽射しに赤い葉が透ける
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 再び錦帯橋へ。風が冷たく、寒く感じる。

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アーチ部分は階段状になっている
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橋上から下流方向を望む
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 河原に下りて、橋をじっくりと眺める。上を歩く人の足音が木を鳴らす音もまた良い。
 ―錦川への架橋は、岩国築城以来繰り返されてきたが、水害の度に流出してきた。延宝元年(1673)に吉川広嘉が架けた木造橋は甲斐国の猿橋(山梨県大月市)を参考に、橋脚を少ない構造とした。が、この橋もすぐに流されてしまった。
 翌延宝2年、全長193メートル、五連の木造アーチからなる錦帯橋が架けられた。河道の底部に石材を敷き詰めるなどの改良を施した結果、今度の橋は長持ちした。木材は腐食してしまうので、橋大工による補修が行われてきた。

 現在の橋は昭和25年のキジア颱風で流出後に架け替えられたものだ。300年近く持ちこたえた橋が呆気なく流されてしまった理由としては、戦後の混乱期で管理がおろそかになっていたことや、アメリカ軍による土砂の採取が指摘される。この時期は山間部で木々の乱伐が行われた結果、山地の保水力が低下し、各地で水害が起こっている。

縁の下の力持ちたる敷石
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鎹(かすがい)によって木材同士をつなぎ合わせている
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 やつるぎ君に運転を代わり、錦川の少し上流へ。走る道は国道2号だが、線形はあまり良くない。
 国道187号に入り、小さな集落内で左折。錦川に架かる沈下橋を渡っていただく。幅は狭くはないが、運転のニガテな彼は、突然現れたこの橋を慎重に慎重にクルマを進めた。
 袂にクルマを停め、橋と川を観察。水は澄んでいて、浅い川底が良く見えた。歩いても渉れそうだ。通学路のため、平日の7時から8時までは車両通行禁止とのこと。なんとものどかな通学路だ。錦川にはこの附近にあと2ケ所の沈下橋がある。

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 国道2号で廿木峠を越えて玖珂へ。ここからは熊毛半島の中央部を南へ進む。
 やつるぎ君が「燃費が上がってきたな」と言ったが、彼が見ているのはトリップメーターであった。

次の記事 ミカンの実る周防大島は霞みの中

紅葉斜陽の昇仙峡

旅行日:平成30年11月2日③

最初の記事 大菩薩嶺にのぼる(前) 上日川峠→富士見平→大菩薩峠
前の記事 大菩薩嶺にのぼる(後) 大菩薩峠→親不知ノ頭→雷岩→山頂→上日川峠

 大菩薩嶺から下山して、上日川峠に戻って来てもまだ12時だった。帰るにはまだ早いので、昇仙峡に行ってみることにした。
 昇仙峡といえば山梨県の一級観光地であるが、子供の頃以来行ったことがない。記憶もあんまりない。

 勝沼まではフルーツラインを走ったので、いつもの牛奥みはらしの丘に立ち寄った。天気は良いが、大菩薩嶺の大展望に接したあとだと、どうも眺望が平面的に映ってしまう。

秩父山塊は上の方が赤い
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盆地の中は靄でぼんやり
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 昇仙峡へは甲府盆地の北の縁を辿るのが近いが、桔梗屋の工場に寄ったりしたので国道20号を西に進んだ。甲斐市内で(本日二度目の)昼食を摂ったので、だいぶ時間を食ってしまった。
 荒川に架かる橋を渡って旧敷島町から甲府市へ。扇状地の扇頂部にあたっていて、上流側は山、下流側は盆地が開ける。富士山も見えた。この川は扇状地では流路が不安定だったため、「荒」川の名の通り、幾度も水害を発生させてきた。

昇仙峡から流れ下る荒川
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御坂山地に乗っかった富士山 (矢印)
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 狭い段丘を持った川沿いを遡ると、クラシカルなアーチ橋が現れた。長潭(ながとろ)橋といって、大正14年(1925)に竣工したコンクリートアーチ橋だ。
 景観にマッチしたいい橋だが、袂の道が大きくカーブしているうえ、歩道ナシ、大型車の離合困難であるので、隣りに新しい橋を架ける工事をしている。現在の橋は歩行者用として残るそうだ。
 荒川が深い淵を造ってゆったりと流れる―瀞の部分にあたっており、橋を架けるのならここしかないという場所だった。長潭橋から上流は谷もぐっと狭まり、御岳昇仙峡の景勝地となる。

長潭橋
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午後の陽を受ける橋の上から
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 長潭橋の甲府市側にある天神森駐車場にクルマを停め、峡谷に沿った県道を歩きだす。目指す仙娥滝は約4.2キロ先らしい。
 この県道は幅が狭いため、5月から11月末の平日は登りの一方通行、土休日は車両通行止めとなる(いずれも8時から17時まで)。が、一度だけ前からクルマが来て(つまり逆走車)面食らった。

道路狭隘のため通行規制。馬車が通る?
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 荒川は金峰山や朝日岳を源流とし、荒川ダムの下流で峡谷を刻む。金峰山は山岳信仰の山で、その懐には金桜神社が祀られている。甲府の街から見ると、金桜神社を経て金峰山に到るルートの入り口にあたるのが、4キロにわたるこの荒川の峡谷であった。
 この峡谷は江戸時代には「巨摩峡」と呼ばれていたが、明治20年頃から「御岳昇仙峡」という名称が浸透する。「巨摩」は当時の郡名だが、荒川本流が郡境になっているために左岸側は山梨郡であるので、片手落ちな名称だった。

 時刻はまだ15時前で、秋の柔らかな陽射しが山肌を照らしている。が、思ったよりも太陽の位置は低く、谷底までは光が届いていない。明暗の差が大きすぎて写真を撮る条件がキビしい。

かろうじて谷底の水面まで届いた陽射し
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猿岩
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花崗岩の巨岩がゴロゴロした谷間
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 谷には花崗岩の巨岩が転がり、それらの特徴に即した名称が一つ一つ付けられている。
 今は水量もそんなに多くないが、上流に荒川ダムができる前はデカい岩を砕き、押し流すような急流だったのかもしれない。

柱状節理の登竜岩
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岩肌の露出した羅漢寺山
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 峡谷沿いの道は「御岳新道」として天保14年(1843)に開削された。むろん、現在の車道ほど幅の広いものではなかっただろうが、甲府勤番の武士や城下の商人、上流にある金桜神社の神職からも寄附金が得られたという。峡谷美だけでなく、山岳信仰のアクセスルートとしても有望視されていたことを窺わせる。

吊り橋の上から
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自然観察小屋の名前。クマが出そう…?
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暗い谷底にいると、陽に透ける紅葉が一層鮮やか
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 写真を撮りながら45分ほど歩くと、グリーンライン駐車場下に辿り着いた。グリーンラインというのは御岳新道のバイパスにあたる旧有料道路で、崖の上には県営駐車場があるらしい。
 仙娥滝へはここから歩きだすのが手軽なので、歩く人が物凄く増えた。若い人のグループや外国人が目立つ辺りが有名観光地らしい光景だ。
 車道が尽きるころ、昇仙峡のハイライトともいえる羅漢寺山の覚円峰の下まで来た。雄大な光景だが、陽がまったく当たっていないのが惜しい。後で知ったとっころでは、紅葉シーズンは10時頃の光線状態が良いそうだ。

覚円峰
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 にわかに峡谷が険しさを増し、両岸の崖がいっそう迫り出してきた。岩が迫り出してトンネル状になった個所もあり、「石門」と呼ばれている。しかし、岩と岩の間にはいくらか隙間があった。

石門
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 そして、長潭橋から1時間少しを要し、ようやく仙娥滝に辿り着いた。

滑らかな岩の間を流れ落ちる仙娥滝
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 散策路はもう少し続き、仙娥滝の脇を通って車道に出るらしい。が、ここまで来れば充分であるので、引き返す。
 帰りはカメラをしまい、グリーンライン駐車場下からは走ったりもしたので、駐車場まで40分弱で戻ることができた。もう駐車場もガラガラだ。

 帰路は和田峠を越えて甲府市街へ。峠近くにはみはらし広場があり、甲府の街が後ろから見えた。雲が広がりつつあり、富士山は隠れていた。

甲府盆地の眺望
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 市街地まで下ると、17時ということもあって渋滞。甲府市街北部は道も狭くて流れが悪いので、工事の進む環状道路の開通が待たれる。西関東連絡道を経て国道411号へ。どこかで温泉に入って帰ろう。
 18時の柳沢峠で調べてみると、小菅村、丹波山村の温泉は18時まで(の営業ないし受付終了)となっていて落胆。闇の山中を下る。19時前には奥多摩湖畔まで来たので、今度は奥多摩町と日の出町の温泉を調べてみた。が、こちらも19時まで。こんなことなら、峠下の大菩薩の湯に入ってくれば良かった。

 氷川から青梅の間を除いては国道411号を丹念に辿ることになり、国道16号経由で21時半ごろに帰着。きょうは出発時にトリップメーターを倒すのを忘れてしまったので、走行距離は不明。

【箱根外輪山】金時山にのぼる/ススキが輝く仙石原

旅行日:平成30年11月20日

 高尾山に登ってから中一日しか経過していないが、今度は箱根カルデラの外輪山にある金時山に登ってきた。せっかくの三連休ゆえ、有効に活用せねばならない。

 5時に出発し、平塚で海沿いへ。青みはじめた海上は雲が多い。きょうは晴れの予報なのだが…。
 西湘バイパスで箱根口ICに到り、まだ人気の少ない箱根湯本を抜ける。宮ノ下から早川沿いの国道138号を進み、仙石原のコンビニに6:40に着いた。県内なのでさすがに近い。
 登山口となる公時神社の登山用駐車場には先客のクルマが1台だけ。標高は約700メートル。

アスファルトに舞い落ちたモミジ
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 朝食を済ませて身支度を整え、まずは公時神社に参詣。社殿は新しいようだった。後ろに金時山が見えている。突兀とした山容が霧に隠れそうになっている。霽れることを願う。
 神社の脇の杉林に続く道が登山道だ。

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 序盤は沢べりを進む。昨夜は雨だったが、沢に水はない。
 一旦車道が現れ、これを横切る。一般車通行禁止の明神林道であるが、来年度(平成31年度)を目標に県道731号として整備が進められている。この道が開通すると、大井松田ICから南足柄市関本を経て、外輪山を越えて箱根町に入るというルートの選択肢が生まれる。

「金太郎の手毬石」。火山弾だろうか
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真っ二つに割れた「金太郎の宿り石」
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 「宿り石」を過ぎると沢を外れ、傾斜が急になった。霧の中に突入してしまう。
 登山道の浸食が著しく、随所に水切りが設けられていた。これがないと雨水が道に流れ込み、泥濘と化してしまうのだろう。

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ようやく下方を見晴らす。仙石原集落の辺り
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 公時神社から45分ほどで尾根まで登り詰めた。公時神社の東にあるバス停の金時山登山口をスタートすると、矢倉沢峠で尾根に出て、ここで合流することになる。
 標高は既に約1,050メートルに達している。芦ノ湖は雲に覆われて雲海テイストな景色だが、手前の仙石原の上空が晴れているので間が抜けている。

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仙石原を一望。芦ノ湖は雲の下
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山頂は霧の中。まだ険しそう
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 岩の露出した箇所もあり、ロープに手伝ってもらいながら攻略。見上げる前方の空は青いので期待が持てる。
 登山道の浸食は著しく、尾根道のはずが掘り割りのようになってしまっている箇所すらあった。前のおじさんが遅いが、追い抜くとペースを上げねばならないから間を取って着いていく。

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 そして、笹藪が開けて山頂に到達。公時神社から1時間5分だった。標準タイムは1時間20分と聞いていたので、あっという間という感じがした。
 上空は晴れているが、期待していた北側の眺望も雲に阻まれた。富士山がどどーんと見えるはずなのだが。
 金時山山頂の標高は1,212メートルで、神奈川県箱根町と南足柄市、静岡県小山町の境界点になっている。山頂には金太郎にちなんだ鉞のオブジェがあり、2軒あるうちの1軒の山小屋がもう開いていた。

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山頂の小さな祠
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雲に隠れた愛鷹山と御殿場市街
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 頂上で眼福だったのは、4匹のネコたちだ。登山客にエサをもらっているらしく(その是非はさておき)、けっこう人懐っこい。
 私の足元にもやって来たが、エサを持っていないとわかると、案内板に飛び乗った。見るからに不安定な場所だが、陽当たりが良くて暖かいのあろう。

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長尾山、丸岳へと通じる箱根外輪山
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 雲が霽れることを期待して、居座りを決める。
 気温は低く、陽射しも弱いので寒い。仙石原で6度だったから、ここは0度近いのだろう。じっとしているとウインドブレーカーの下にフリースを着こんでも寒い。

 芦ノ湖の奥の方までは見えないが、まぁカルデラを一望と言える眺望だ。ふつう、湖は上流側から浅くなって陸化するものだが、ここでは下流側に湿地帯の仙石原が広がっている。
 この逆転は現在の芦ノ湖の成因ともかかわっている。
 箱根火山では約5万年前に古期カルデラの西側が陥没して新期カルデラが生まれ、その中に大きな湖ができた。この湖は約5,000年前には干上がっていたと考えられている。その後、約3,100年前に神山で火山活動による地震が発生し、西側に岩屑雪崩が流下し、カルデラ内を二分した。カルデラ内は奥の方が低くなり、そこに水が溜まったのが芦ノ湖だ。

中央火口丘の神山と仙石原、芦ノ湖
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巨大な火山弾が露出
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いつの間にか移動していた4匹
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 寒さに耐えながら50分ほど景色を眺めていたが、天候恢復の兆しが見えない。もう諦めて先に進むことにする。そのまま下ってはルートが重なって面白くないので、長尾山を経て乙女峠まで外輪山を進み、仙石原へと下ることにする。

早川の火口瀬を望む
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 尾根の割りに眺望も開けぬまま、金時山山頂から30分ほどで長尾山に到達。名前の通りののっぺりとした山頂で、標柱がなければ気づかずに通り過ぎてしまったかもしれない。
 標高は地形図読みで1,150メートル。ここから乙女峠までは本格的な下りとなった。

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ようやく紅葉らしい紅葉に出合えた
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外輪山の明神ケ岳、明星ケ岳
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 乙女峠には展望台があって、御殿場の街を見下ろした。富士見ポイントだが、富士山がどの方向なのか分からないくらいに雲が多い。
 なお、峠から外輪山を辿ると電波塔のある丸岳で車道に出られる。その先は箱根スカイライン、芦ノ湖スカイラインの2つの道路が外輪山をトレースしている。

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 下りは急で、足場の悪い箇所も多かった。大きなヘアピンカーブを描く乙女峠道路(国道138号)に接近するものの、車道には出られない。かつては有料道路だったので、「日本道路公団」の境界標が建っていた。沢も急であるので、砂防ダムを造る工事が行われていた。
 スギの植林地帯に突入すると、斜面の下側の土壌がことごとく失われ、根が露出していた。こういうところは本当に歩きづらい。

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露出してしまったスギの根っこ
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国道138号に脱出
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 登山道から国道に出ると、10分ほどで公時神社に戻ることができた。
 私が出発したときは2台のクルマしか停まっていなかったが、路肩や近くの有料駐車場(500円)を含めてびっしりとクルマで埋め尽くされていた。

【今回のコースタイム】
公時神社7:05→矢倉沢峠分岐7:50→金時山山頂8:10/9:05→長尾山山頂9:35/9:40→乙女峠10:00→乙女峠登山口10:35→公時神社10:45


 時刻は11時前。せっかくここまで来たので、仙石原のススキを見て帰ろう。有名なススキの原は台ケ岳の裾野で、湿性花園まで続いている。
 駐車場は別荘街にあり、距離はあるものの無料だった。
 コンビニのある交差点から、台ケ岳の中腹に向かって一直線に道が延び、その両側に背丈ほどのススキが茂っている。毎年3月に野焼きを行って草原を維持しているが、放置したら徐々に森になってゆくのだろう。

別荘街から一直線の道
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中央に金時山、左側に長尾山を望む
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金時山内側の切り立った山容をアップで
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 ススキの中の直線道路は、地形図では台ケ岳を巻くようにして大涌谷近くの上湯場まで通じていることになっている。が、ススキの草原が尽きるところで森の中に突っ込み、もう通行は困難になっていた。コンクリートで縁取られてはいるので、かつてはちゃんと道だったのだろう。

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 しばらく雲を見上げて待つと、待望の陽が射した。ススキの穂が輝きだし、待っていた甲斐があった。

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 12時過ぎだが、本日はこれにて終了。富士山が見えそうなら大観峰に寄る積りだったが、芦ノ湖附近の雲は濃かった。
 国道1号を下ると、塔ノ沢から湯本まで渋滞。橘ICまで一般道を利用して高速代を節約したが、国府津駅附近で渋滞。僅か260円なのだから西湘バイパスを利用した方が良いと改めて思った。
 平塚市内で昼食を摂り、16時前には帰着。走行距離は146.4キロ、平均燃費は23.5キロ/リットル(概算)だった。

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Author:さがみぃ
相州生まれの相州育ちです。
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